死の先に在るモノ

第7話「復讐者」(アヴェンジャー)≪前編≫

家に帰ってきたサキは、そこに新一が居るのを見て訝しむ。まだ昼間の15時である。
当然、この日は仕事が休みであるとは聞いていない。
仮にそうであったとしても、新一の表情がそれを否定していた。
強張った表情のまま居間のテーブルに目を落していた。
サキに気が付くと、慌てたように、取って付けたように微笑む。
それは無理をしているが見え見えな態度であった。思わずサキは気色ばむ。

「ご主人様!? 一体どうしたのですか、こんな時間に!?」
「サキ……何でもないよ。サキが心配する事はない」
「しかし……!」

それを中断させたのは玄関の呼び鈴であった。

「あ、私が出ます。はい、どちら様でしょうか?」

サキが玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは、つい先刻ゴロツキに絡まれていた女性であった。

「あら? あなた……どこかで……? あ! 先程はありがとうございました。で、あなた誰?」
「え?」
「え、じゃなくて……何でここに……」

何か言いかけていたその女性の正体は、奥から聞こえて来た新一の声で判明する。

「美鈴! 美鈴じゃないか!! 突然どうしたんだ! 大学の寮は?」
「あ、お兄ちゃん! 夏休みだから帰るって留守電にいれといたと思ったけれど……?」
「……聞いてないぞ。そんな事……。また間違えたんじゃないか?」
「あ、そっかも」
「全くしょうがない奴だな」
「ところで、お兄ちゃん? この人誰? もしかして、お兄ちゃんをたぶらかして……」

突如として険悪な声になった美鈴に対し、新一は慌てて窘める。

「お、おい! 言うに事欠いて……!」
「私はサキ。この方に対し、大恩ある身です。その恩を返す為……この身に替えてお守りする為に来ました。決してあなたが想像しているような関係ではありません」
「大恩??」

不審げな表情でサキを見る美鈴に、新一は苦笑しながら促す。

「まあまあ、ここじゃ何だし、とにかく上がれ。詳しい事は家の中で話そう」

 

 

「……なによ。じゃあその人は……あ、人じゃないのか。ともかく、あなたは白鷺の生まれ変わりの『天使』でお兄ちゃんに17年前の恩返しに来た……って訳ね」
「そうです。あの日、網に絡まって怪我をしていた私を助け、そのお世話をして下さったご主人様の為に『守護天使』となって帰ってきたのです」
「……そんな事突然言われたって信じられる訳ないじゃない! 動物が人間になって恩返し?! 鶴の恩返しじゃあるまいし!」
「お、おい美鈴! 言い過ぎだぞ!」
「構いません、ご主人様。突然こんな事を言われて信じられないのも無理はありません。では、少し力を使います」
「何をするんだ?」
「?」

怪訝な顔をする新一と美鈴の前で立ち上がり、サキは瞳を閉じて精神を集中させる。
次第に、新一と美鈴にも分かる程サキの体が柔らかいオーラの光に包まれる。
そしてサキの背に美しい純白の羽が展開される。
その神々しさに思わず感嘆の声を上げる新一。
一方の美鈴の目は驚愕に見開らかれ、サキの羽を凝視していた。

「ふう……これで分かって頂けましたか?」

羽を畳んだサキは穏やかに微笑みながら美鈴に問い掛ける。
だが美鈴はそれには答えずに席を立つと、二階の自室へと駆け上がって行った。
それを追おうとしたサキは、新一に引き止められる。
そして、美鈴と自分の事を語る。

「……あいつと俺とは7歳年が離れているんだ。父さんも母さんも忙しかったから、昔から俺が面倒を見る事が多かった。そのせいか……ブラコンっていうのかな? 昔っから俺になついていたんだ。父さんと母さんが死んでからは特にな。本当は自宅から通える大学に行きたかったらしいが、経済的・学力的な問題があってね……。まあ、あいつもそこまで子供じゃ無いって事だ。さすがに週末毎に帰ってくるような事は無いが、長期の休暇は必ず帰ってくるんだ。その事をもっと早く言っておくべきだったな」
「ご主人様……美鈴さんはご主人様にとって、とても大切な方ですよね? でしたら、私にとっても大切な方でもあります……どうしたらいいのでしょうか?」

困惑するサキに、新一は優しく諭すように言う。

「サキが気にする事じゃない。あいつも突然こんな事を言われてちょっと混乱して戸惑っているだけさ。大丈夫。そのうちに落ち着くだろう」

その頃、美鈴は自室のベッドに突っ伏していた。
自分でも制御できない、自分でもよく分かっていない感情を持て余しているかのよう
であった。

 

夕食時、新一が美鈴の部屋の扉の前で呼びかける。

「おい、美鈴。いつまでそうしているつもりだ? 夕食はどうする?」
「いらない……何も食べたくないの……。ほっといて」

その返答に、新一は溜め息をつきながら踵を返す。
このように意固地になった美鈴には何を言っても聞き入れない事を経験から知っていたからだった。

この日は色々あって、サキは忘れていた。
新一が何故昼間から自宅にいたのか……それを問い詰める事を……
過去の話に『もしも』は禁物だが……もしも、サキが『新一が昼から家にいた理由』
これを聞いて予備知識を持っていたら……その後の展開はまた違った物になっていたかもしれない……


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