午前9時過ぎ、目を覚ました美鈴はゆっくりと一階に降りて来る。
美鈴は昨日、サキに対し暴言のような台詞を言ってしまった事を後悔していた。
その為、どのような顔で接して良いのか分からなかった。
だが、昨日の夕食を抜いた為、流石に空腹になっていた。
キッチンの扉をこっそりと開ける。そこではサキが食器を洗っていた。
ドアを開ける音は聞こえなかったが、気配で勘付いたサキが振り返る。
その顔は、美鈴に対して何のわだかまりも持っていない穏やかな顔であった。
「おはようございます、美鈴さん……」
朝食はどうしますか……と言葉を続けようとしたサキだったが、美鈴の赤い目を見て言葉を無くす。
「……お兄ちゃんは?」
サキは水道の水を止め、寂しげに微笑みながら答える。
「お勤めに行きましたよ」
二人は椅子に座ったまま、会話を切り出せずにいた。
二人の間に重苦しい、気まずい時間が流れる。
サキは美鈴に嫌われてしまったのではないか? という懸念が……美鈴はサキに対する後ろめたさと共に性格的・能力的な劣等感が、それぞれ二人を無口にさせていた。
その沈黙を振り払うかのように、美鈴がサキに問い掛ける。
「あなた……お兄ちゃんの事どう思っているの?」
その問いは美鈴にとっての賭けであった。
だがサキは即答する。
「大切なお方です」
その堂々とした態度と言葉にショックを受ける美鈴。しかし、サキが続けた言葉で複雑な気分になった。
「ですから、美鈴さん。あなたも私にとって大切なお方です。ご主人様にとっても大切なお方なので」
「……どうして!?」
「え?」
「どうしてそんな事言えるのよ!? あなた、お兄ちゃんが好きなんでしょう?」
「はい、好きですよ。でも、美鈴さんの思っているような関係にはなれないのです」
「? それって??」
「守護天使は人を好きにはなれないのです。いえ、好きになってはいけないのです。人間と守護天使の恋、それは禁忌の恋なのです」
「それって……あなたはそれでいいの!?」
「美鈴さん……」
「ゴメン、あなたに当たっても仕方ないわよね……いっその事、あなたが嫌な奴だったら良かったのに……」
美鈴はそう言うと椅子から立ち上がる。最後の台詞は、極小さな声だったので、サキには届かなかった。
「美鈴さん? どちらに?」
キッチンから退出しようとする美鈴の背にサキは声を掛ける。
「ちょっと散歩に……」
その背中を見送ったサキは、小さく溜め息をつく。気を取り直して洗濯機へ行こうと立ち上がった刹那、美鈴の悲鳴が聞こえてきた。
サキはその瞬間、弾かれたように飛び出した。
そして、体当たりせんばかりの勢いで玄関のドアを開ける。
「美鈴さん!? どうしま……あ! あなた達は……!?」