サキと別れてから約一週間後……
もう一つの別れを余儀なくされる二人がいた。
「そう、来週引っ越すんだ……」
「うん。ぼくもそれを聞いたのが昨日だったんだ。お父さんのお仕事の都合だって言ってたよ。それで新しい家に引っ越すんだって。梨香さんと別れるのは残念だけど……」
新一の家はこの数年間住んでいた千葉県北東部にある田園が広がるこの町から、父親の勤める会社により近い東京の住宅街に移り住む事になったのだ。
ただ、それは急に決まった事らしく、それでこのような唐突な別れになってしまったようだ。
「あ、そうだ! まだサキとは会えるかな? お別れを言っておきたいんだ」
「う~ん……もしかしたら、まだ会えるかもしれないわね」
この時梨香は、再開は無理だろうと予想していた。
それでも新一の気が済めば……。また、会えないと決まった訳ではない……そう思っていた。
「どうかな……あ! あれ、サキだ! 足のリング、間違い無い!」
驚いた事に、まだ近所の里山の近くの池のほとりに居た。
新一が指摘した通り、そのダイサギの両足に着けられた赤いリング、間違いなくサキであった。
こんなにあっさり見つかるとは、梨香にとっても嬉しい誤算だった。
サキは新一と梨香の姿を認めると、大きな声で嘶く。
それはとても嬉しそうに、喜んでいるように……少なくとも新一にはそう聞こえた。
その時、何の前触れも無く銃声が響いた。その音に一斉に様々な鳥達が飛び立つ。
だが、新一に気を取られていたサキは、自分に向けられた殺気と銃声に反応するのが、わずかに遅れた。
慌てて飛び立とうとするも、再度銃声が響く。
飛びかけていたサキはそのまま白い羽毛を撒き散らしながら池の水面に崩れ落ちる。
……新一と梨香の目の前で……
「サキ! サキ!」
大急ぎでかけ寄った新一がサキを抱く。服が水に濡れるのも構わずに……
サキは腹部から血を流し、その白い羽毛を血に染めていた。
新一に抱き締められたまま、その腕の中で小さく一声鳴くと、そのまま動かなくなった。
「ごめんな……サキ……ごめん……ぼくが声をかけたりしなければ……」
服に血がつくのも構わずサキの死体を抱いて、涙を流す新一。
梨香も悔しそうな、悲しそうな顔で新一を慰める。
「新一君のせいじゃないよ。悪いのはこんな所で猟をしていた奴だよ。ここは狩猟の出来る地域じゃないのに……」
藪の向こうから、がさごそと掻き分けるような音がした。
そこから顔を見せた密猟者は、人が居た事にぎょっとして立ち竦む。
そして慌てて藪の中に転がるように逃げこんでいく。
その背を、梨香は険しい表情で見据えていた。
その顔は、新一が見た中で最も険しい顔であった。
数日後……その男、密猟者は梨香の通報と証言によって逮捕された。
あの池の近所に住んでいた無職の男だった。
直接の容疑は銃刀法違反(猟銃の無許可所持)だったが、その後の警察の調べで、以前から網やワイヤー等を利用した密猟をしていたらしい事が判明した。
獲った獲物は剥製にするか、あるいは生きたままペットとして闇市場で売り捌いていた、と自供。
鳥獣保護法違反(密猟)の疑いでも追送検された。
その後、新一と梨香は疎遠になる。
新一が東京XX市に引っ越してしまった為、連絡が取り辛くなってしまったのだ。
それでも、梨香が在学中は年賀状の交換はしていた。
だが……梨香が大学を卒業し、獣医として茨城県で開業して一人暮らしをするようになると、年に一回の年賀状交換すら出来なくなり、それっきりになってしまったのだった。