死の先に在るモノ

第7話「復讐者」(アヴェンジャー)≪前編≫

>21年前(当時のレオンの視点だと17年前)

のどかな田園地帯、そこを一人の少年が歩いていた。
その足取りは軽い。なぜなら翌日からGWと呼ばれる連休が始まるからであった。
その帰りの通学路の路上で、何やら黒い物が動いているのを見た。

「ん? あれはなんだろう?」

近付いてみると、一羽の鳥が網に絡まってもがいていた。
無理矢理に引張って抜け出そうとしていたのか、その白い体のあちこちに傷ができていた。

「誰だよ! こんな酷い事したのは! ああ、まってろよ。今外してやるからな」

少年は悪戦苦闘しながら網を外していった。
本来ならさほど手間取る事ではなかったが、その鳥が暴れて抵抗し、さらに傷を広げてしまうので無理は出来なかったのだ。
少年が鳥を助けようと必死になっていると、そこに通りかかった女性がいた。

「あら? あなた確か秋川さんの所の……新一君、だったわね? 何してるの?」

その少年と女性はあまり親しい訳ではなかった。
家が隣同士だったので出会えば挨拶くらいはしたが、積極的に何か話すという間柄ではなかった。

「あ、その……この鳥が網にかかっていて、怪我を……」

その女性は、その言葉だけで少年……新一が何を言いたかったのか理解したようだ。

「じゃあ私も手伝うわ」
「え、ありがとう!! えっと……お姉さんの名前はなんていうの?」
「梨香。近衛 梨香(このえ りか)よ」

「ふう、やっと取れた。って、こんなに怪我しているじゃないか! お医者さんに……」
確かに新一の言った通り、その鳥の白い体にはもがいた際に出来たと思われる傷が随所に出来ていた。
そこから滲み出た血がその白い羽毛を赤く染めていた。
その鳥は痛みと疲労で動けなくなったのか、それとも観念したのか新一の腕の中で大人しくしていた。

「ねえ、ところで……その白鷺の幼鳥、どうするの? 当てはあるの?」
「この鳥、しらさぎって言うの? 早くお医者さんに連れて行ってあげなきゃ……鳥のお医者さんってどこにいるか知らない? お姉さん……」

新一の問いに、微笑みながら梨香が答える。

「私の家にいらっしゃい。これでも獣医の資格を取る為に大学に行っているのよ」
「ありがとう! お姉さん!」

お隣のお姉さん、梨香の申し出に、新一は大きく顔を輝かせていた。

 

 

 

梨香の家にて……

「……これでいいわ。しばらく君がお世話をしてあげて、怪我が治ったら自然に返してあげないとね」
「え!? ……うん、仕方ないよね」

梨香の言葉に一瞬驚いた新一だったが、この鳥が野鳥だったのを思い出して渋々了承する。

「ところで、梨香さん。この子は男の子? 女の子?」
「う~ん、女の子みたいだね。どうして?」
「この子に名前を付けたいんだ。どうかな……?」
「え? 名前……」
「サキ! しらさぎだからサキ! どう?」
「え? ……いいんじゃないかしら。良い名前だと思うな」
「よし、しばらくの間、サキはぼく達の家族だ!」

はしゃぐ新一を見て、梨香はそれ以上何も言えなくなっていた。
梨香がこのダイサギの幼鳥に名前をつけるのを躊躇ったのは、名前を付けてしまうと情が移ってしまい、かえって別れが辛くなるからだった。それは以前に猫を飼っていた彼女自身の経験からだった。

新一はサキの世話をする傍ら、梨香に鳥(主に鷺)についてと、その世話の方法を教わった。
鷺とはコウノトリ目サギ科の鳥で、体が白い種類は白鷺と呼ばれている事。サキは白鷺類(ダイサギ・チュウサギ・コサギ・アマサギ)の中でも最も大型のダイサギの幼鳥である事……等の知識、さらには鷺や鳥類全般だけでなく、動物全般の世話の方法、さらには動物を飼う心構え等についても学んだ。
そのかいあって、最初は梨香に手伝ってもらって慣れない手つきで何とかやっている……という感じだったが、一週間もすると一人でも世話ができるようになっていた。
最初は警戒心を崩さなかったサキも、新一と梨香の親身な看護と深い愛情を感じたのか次第に二人に懐いていった。
だが、サキの怪我が治る時……それが別れの時であったのだ。

 

偶然の出会いから約2週間後、サキを抱いた新一とつきそいの梨香の二人は家から少し離れた小川のほとりまで歩いて来た。
新一が名残惜しそうにサキを撫でる。
すっかり怪我が治ったサキは自然に帰される事になったからだ。
逡巡していた新一だったが、想いを振り切るようにサキを空へ帰す。

「……バイバイ、サキ……それっ!」

新一がサキを空に飛び立たせる。サキも二人のいつもとは違う雰囲気を察したのか、そのまま飛び立つ。
サキは新一と梨香の頭上を数回旋回した後、里山の方角に飛んで行った。
サキが行った旋回は二人への感謝の気持ちの表れだった……そう新一は確信していた。


Otogi Story Index - シリーズ小説 - 死の先に在るモノ