どのくらい気を失っていただろうか……気が付くとサキは後ろ手に縛られた状態でソファーに寝かされていた。
しかし、今だ頭の中に靄のかかったような……判断力の低下した、半ば夢の中のような状態であった。
そんなはっきりとしない意識の中、ヤクザ達の声が聞こえてきた。
「おい、さっさとドラム缶を二人分持って来い」
(ドラム缶?? 何を言ってるの??)
「へい、しかしヤローはともかく、妹はもったいなかったっすね」
(ご主人様の事? 妹……って美鈴さんの事……? 一体……?)
「あれは事故だ。それにしてもバカな女だぜ。抵抗なんかしないで、大人しくやられていれば死なずにすんだものを……」
(一体どういう事?! なんて事を!! なんで……なんで……ご主人様と美鈴さんがこんな目に遭わなくてはいけなかったの……?)
「お、コイツ、もう気が付いたみたいですぜ」
「どうします? もしや、今のを聞かれたんじゃ……」
「ビビるんじゃねえ。小娘一人で何ができる」
「少々知り過ぎてしまったからな。秋川と一緒にしてやろう」
「そんなぁアニキぃ、こいつ殺しちまうくらいならオレに下さいよ」
「ちょっと待って下さい。殺すのはもったいないですから……」
「コイツ、お互いの為にも生かしておいては後々面倒ですよ、先生」
「ええ、でも薬漬けにしてしまえば問題ありませんよ。ああ、ご心配無く。今使う薬の代金はわたしが払いますよ」
その言葉に、サキの顔が一挙に青ざめる。
(薬って……麻薬の事!? どうして……そんな酷い事ができるの……?)
「先生の言う通りですぜ。一発やらしてくださいよ。例の薬を使えば抵抗できなくなりますし」
「しょうがないですな。あっと、お前は後だ。先生からお先にどうぞ」
「後の処理はよろしくお願いしますよ」
議員とヤクザ達は下卑た笑いを浮かべながら、絶望の表情を浮かべるサキの顔を覗き込む。
その表情を楽しむかのように……
「あの世で先に待ってる秋川の小僧の元に送ってやるからよ! オレ達を満足させる事ができたらな! ぎゃはははは!!」
(ご主人様?! あの世?! う、うそよ!! そんなはずない!! 約束してくれたもの!! ずっと一緒にいてくれるって……!!)
「へへへっ。おい、喜べ。お前はこれからずっと秋川の小僧と一緒にいられるぜ。但し、ドラム缶のコンクリートの中で、だがな」
「秋川の小僧なんかよりオレたちのほうがずっといい気分にさせてやるぜ! 最後の快楽、せめてじっくり味わいな!!」
(……許さない……!! 私に……もっと力があったら……!! 力が欲しい!! 力が……!! 力が……!!)
突然……サキの視界と意識は暗転する。
何も無い……自身の感覚すら当てにならない虚無の支配する空間でだた一人佇んでいるのを感じていた。
その、永遠の暗黒が支配する空間で、サキの脳裏に直接『何か』が語り掛けて来た。
……お前は力が欲しいのだろう?
(誰? ここはどこ? あなたは誰?)
……くっくっくっ……そんな事はどうでもいい……
(嫌な笑い方……やめて……)
……お前の主人は愚かな人間どもに殺された……そしてお前も殺される……散々慰み者にされた挙句にな……
(そ、そんな!! そんな……ご主人様……約束してくれたのに……ずっと一緒にいてくれるって……)
……悔しいだろう……? 悲しいだろう……? お前は主人の仇を討ちたいだろう……?
サキは黙ってうなずく。
既に、その目は冷静さを欠いた尋常ならざる物となっていた。
以前のサキを知っている者が見たら、全くの別人と思う程の変貌ぶりであった。
……ならば、これを受け取れ。これでお前は『復讐の女神』として生まれ変わるのだ……
サキはその力の波動をなんの躊躇いもなく受け入れていた。
次の瞬間、サキの内から何かが湧き上がってくるような……そんな感覚に包まれた。
……む? こ、これは!! くっくっくっ、『時空』とは……これはとんだ掘り出し物だ!!
……素晴らしい!! こんな力をサキという守護天使が眠らせていたとは……!!
謎の声は、興奮したようにひとしきり哄笑すると、サキを扇動するかのような口調で呼び掛ける。
……さあサキよ、思い出せ! こいつらに受けた仕打ちを!! 恨みを!! こいつらを皆殺しにし……
……う、うわっ! く、追跡者!? おのれ……あと少しという所で……
謎の声は、最後の無念そうな言葉をフェードアウトさせながら、次第に気配も遠ざかっていった。
そして、その場にはサキだけが取り残された。
怒りと憎しみだけを心の中に刻み付けられたまま……