死の先に在るモノ

第7話「復讐者」(アヴェンジャー)≪前編≫

サキは新一の運転する車の助手席に乗っていた。
二人とも、押し黙ったまま一言も発しない。
気まずい雰囲気とかそういう訳ではない。
新一が……言い換えれば新一の家がこの様なトラブルに巻き込まれるに至った経緯を聞き、サキに穏やかならざる感情が芽生えていた為だった。
新一の話によると、こんな状況らしい。
 
あのゴロツキどもはある不動産会社を隠れ蓑にした暴力団の組員らしい。
その不動産会社は10年程前に大きなマンションの建設を決め、大掛かりな土地買収を実施していた。
それに応じた多数の住人は既に出て行ったが、新一の家族のように出て行かなかった者もいた。
結局、交渉に手間取る内にその不動産会社の資金繰りが悪化し計画そのものが中断、会社自体も休眠状態になったそうだ。
だが今年になって、その休眠会社の名義を買い取り不動産業の再開をした者がいた。
そう、件のヤクザどもだった。
新一もその噂を聞いてはいたが、あくまで人事だった。昨日にそいつらが家に訪ねてくるまでは。
昨日、営業中に偶々自分の家の近くを通り掛かった新一は、自分の家の呼び鈴を激しく鳴らす人相の悪い男達が苛立って門扉を蹴っているのを目撃した。
そう、丁度サキが買い物に出ていた時間であった。
慌てて自分がこの家の主である事を名乗ったのであるが、驚いた事にそいつらは新一の顔と名前を知っていた。
彼らの言う話というのを聞いたのであるが……唐突に、理由すら告げずに新一の住む家を明け渡すように迫ってきたのだ。
当然断ったが、そいつらは『とある議員』がバックに居る事をほのめかし、警告だと言って脅迫めいた事を告げたのだ。その日は何もせずに去っていたが……
 
それが突然、昨日の今日でこんな手荒な手段を取るとは……、こんな事になるなら無理やりにでも美鈴を大学の寮で過ごさせれていれば……と、新一は悔いていた。
警察に任せたほうが良かったのではないか……とのサキの問いには、否定的な見解を持っていた。
まず、奴等のバックに居るというある議員、それが警察に対しパイプのある有名な議員だった。
噂によると、例のヤクザの行為を見逃すよう、上から圧力がかかっているそうだ。
また、警察に通報する事により美鈴の身が危険に晒される可能性が高い……これは奴らと話した新一の印象であったが、新一の人を見る目は確かなつもりだったし、実際確かであった。
さらに、以前に聞いた噂がその予感を肯定していた。
『あそこはとてつもなくヤバイらしい』という噂が……
ただ、それを事件にしようも、直接的な証拠が何より不足していた。
その為、警察も動くに動けないというのが実態であった。
また、新一の両親とヤクザ達、その黒幕の議員に何らかの面識があったらしい。
それがどんな関係であったのか、新一は知らないが……
 
新一の話を聞いて幾つかの事が気になっていたサキは、遠慮がちにだが新一に問い掛ける。
 
「ご主人様、幾つかお尋ねしても、宜しいですか?」
「ああ、俺で答えられる事だったらな」
「なぜそんなに詳しいのですか? 昨日の今日でそんなに調べる時間があったとは思えませんが……それと……お勤めはどうなさったのですか?」
「……あれから、いろいろ調べたんだ。新聞社に勤めている昔の友人のツテを頼ったりしてね。丁度そいつも奴らを調べていたらしいんだ。今言った事は、ほとんどがそいつの受け売りなんだ。あと、職場には休暇届けを出してきた」
「休暇……?」
「どちらにしても、今の状態じゃ当分は仕事どころじゃないさ……っと、そろそろ到着だ」

サキはもっと詳しい事を聞きたかったが、車はヤクザ達の事務所のビルに近づいていた。
車はスピードを落していく。そこで会話は中断になってしまった。
 
 
ヤクザが拠点にしているビルの近くに到着し、近くの路上に車を止める。
そのビルの一室の前、奴等の事務所の入り口で新一はサキの顔を見る。サキは新一に頷き返す。
そして、意を決してスチール製のドアを開ける。
 
「おい、お望みの物は持って来てやったぞ!! 美鈴はどこだ!? あ、あんたは松本議員!!」
 
事務所に入るなりそう怒鳴る新一。
少し遅れて、サキが入って来る。
そこにはこの組の黒幕とほのめかされた、松本という議員がいた。
険悪な目で睨み付ける新一、一方の松本議員は悠然と構えていた。
 
「ほう……もう来たようですよ。早かったですね」
「こんな事をして許されると思っているのか!?」
 
吐き捨てるように言う新一に対して議員との間に割って入ったリーダー格の井上という男が新一を促す。

「そこまでにするんだな。さあ、例のブツをよこしな」
「くっ……これだ! 俺の家と土地の権利書……美鈴はどこだ!!」
「ふん、確かに受け取ったぜ。嬢ちゃんならここにいるぜ」
 
美鈴は奥のソファーに倒れるように寝かされていた。
だが、服は乱れその目は虚ろなまま見開かれていた。
美鈴の元に駆け寄ってその手を取った新一とサキだったが、あまりの冷たさに驚く。
二人が美鈴の脈と息を確認した所……脈も息も無くなっていた。
凍りついた二人が、その事実の意味を理解した時……新一とサキは後頭部に激しい衝撃と痛みを感じ、それと共に意識は失われた。


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