役所の世界の外れにある荒地、そこに俺達3人はいた。
ここは『特務機関フェンリル』の隊員のみに知られた秘密の訓練所である。特務機関員以外の者は、立ち入り禁止になっている。
ここまでサキは大人しく黙って俺達に付いて来ていた。特製封冠の影響からか、表情には変化がほとんど無かったが……
彼女が、どんな感情でいるのかは、まだ判断材料の少ない俺からは窺い知る事は困難であった。
「さて……」
目的の場所に辿り着いたセリーナは、サキの全身をじっくりと上から下まで眺める。
その視線に対し、嫌そうに目を反らすサキ。
「わたくしはセリーナ。白鳥のセリーナよ。白鷺のサキ、あなたの教官役を勤める者」
簡単な自己紹介をするセリーナだったが、その言葉に俺は驚きを隠せなかった。
セリーナが日本支部の隊長職を解任されたのは、この為だったって訳だ。サキ一人の為だけの教育係……一隊員の育成としては、考えられない程の待遇だ。だが、見方を変えれば、隊長クラスの人材一人を一線から下げてでも、サキ専属の教官としてその教育に当てる価値を見出していたって訳か。
驚愕の余りに固まっている俺を尻目に、セリーナは右手に持っていた剣をサキに向かって放り投げる。剣は回転しながらサキの足元に突き刺さる。
そして、自身は左手に持った剣を抜く。
「まずは、ちょっとしたテストをするわ。打ち込んで来なさい」
だが、サキは与えられた剣を鞘から引き抜くと、その剣先を黙って見つめていた。
俺が不審げに見ていると、信じられない事態が立て続けに起こった。
サキは剣を逆手に持ち替え、自分の喉を突こうとしたのだ。
その一瞬だった。
セリーナの剣が雷光のように閃き、サキの剣を突いたのだ。
その一瞬後、サキの手元には折れた剣しか残っていなかった。
数秒後、折れた剣先が、サキから数メートル離れた右斜め前方に突き刺さる。
何が起きたのか、俺は辛うじて理解出来た。
だが、サキは一体何が起きたのか分からなかったようだ。慣れない封冠が彼女の判断力を鈍らせていたのだろう。
サキにはセリーナが剣による突きを放っただけに見えただろうが、その突きがサキの剣を叩き折ったんだ。
訓練用の刃を潰した剣で……サキに全く危害を加えずに……折れた剣先が何処に飛ぶか、その角度まで計算に入れてだ。
俺はそれを見て愕然としていた。セリーナの剣技に、ではない。配属時に同等だった地位と実力が、俺が腑抜けになっている間に大幅に引き離されてしまっていた、それを思い知らされたんだ。その事が、俺にある決意を固めさせた。
サキは突然剣先が無くなり、さらに見事に折れた剣を見て呆然としていた。
「……どうして……」
これがサキが俺達に放った第一声であった。
「?!」
「……どうして……死なせて……くれなかったの……? ……死ねばご主人様に会え」
サキはその台詞を最後まで言う事は出来なかった。セリーナがサキの頬を思い切り叩いたのだ。
頬を押さえながら、驚いてセリーナを見るサキ。
「甘ったれないで!! わたくしが受けた任務は『あなたに戦闘訓練を施し一人前の戦力にする』事。それから逃げ出すのは、例えメガミ様が許してもわたくしが許さないわ!!」
険しい表情で喝を入れるセリーナを、怯えたような、ショックを受けたような眼差しで見上げながら、膝が崩折れ、座り込む。
「……私が……逃げて……いる……?」
「そうよ、自殺なんていうのは最も安易な、現実からの逃避でしかない。生きるって事は辛い事を経験する事でもある。それは避けて通れない事。あなたの事情も知っているわ。でも、だからこそ、手を抜く訳にはいかないの!」
サキはセリーナから目を逸らし、俯く。そして弱々しくつぶやく。
「……でも……私なんか……むざむざ生きていても……」
「はっきり言うわ。あなたが死んでもご主人とは再会出来ないわ!! だって、あなたのご主人は天国にいるのだから」
「……天……国……?? …………!!!!」
最初は怪訝な口調であったが、直ぐにセリーナが言わんとしていた事を理解したようだ。
セリーナは、こう宣言しているに等しかったんだ。『お前は死んだら地獄に落ちる』と……。
「理解したようね」
「……私は……私は……どうすれば……」
セリーナはそれには答えず、冷ややかな瞳で一瞥すると、サキに背を向ける。
「そんな事、自分で考えなさい。……そうね……一つだけ言っておくわ。強くなりなさい!! 運命に……わたくしに……そして自分自身に負けないように強く!! それだけよ。……今日の所はこれで終わるわ。わたくしが言った事、良く考えて欲しいの。そしてわたくしの訓練を受ける覚悟が出来たら、またこの場所に来なさい。待っているわ。そして……失望させないで頂戴」
そう言い放つと、セリーナは歩み去る。
そこには、へたり込んだままのサキと、それを見守っていた俺が残された。
俺はその時まで黙って見ていたが、セリーナが視界からいなくなったのを確認すると、サキに近づいて声を掛けた。
「立てるか?」
サキはショックを受け、愕然としたまま、その場で座り込んで地面に手を両手を付き、震える声で、絞り出すような口調でつぶやく。まるで俺の言葉が耳に入らないかのように。
「……私は……何で……何で……こんな……こんな……忌わしい力を……」
「こう考えてみたらどうだ? もう誰も悲しい思いをさせない、その為に力を使う、って」
サキは、はっとして顔を上げ、俺のほうに首を向ける。
その瞳には、俺が側にいた事への戸惑いと、男性という物への恐れといった感情が伝わってきた。あの忌わしい事件での経験を考えれば、無理も無い話ではあるが。
「案内したい場所があるから、ついてきてくれ」
相変わらず表情に乏しかったが、サキからは当惑した気配が漂っていた。だが俺は構わず歩き出す。
サキは背を向けた俺を見て逡巡していたようだが、一人きりでそのままこの場に留まっていても意味が無いと判断したのか、俺の後を付いてくる。かなり、3mは離れてだったがな……