そこに彼女は居た。
サキは頭を垂れた状態で椅子に座らされていた。そして、後ろ手に手枷がされ、さらに足枷と首枷、おまけにそれらから延びた鎖の先は、移送中の奴隷につけられるような大きな鉄球の錘と鉄格子に、しっかりと幾重にも固定されていた。
俯いたまま動かないサキの顔を覗き込んだ俺は、思わず息を呑んだ。サキの瞳は『死んだような』と形容されるような、完全に輝きを失った状態だったんだ。
……完全に光を失い、生きる事を放棄したような……放っておけば、本当に消え入ってしまいそうな……そんな儚げな印象を持った。
「レオン、手筈通りに行くわよ」
「了解……」
まず俺が、彼女用にカスタマイズされた特製封冠を被せる。そしてセリーナは、俺が被せたのを確認すると、間髪を入れずサキに被せられた拘束用の封冠を外す。二つも封冠を付けたままもたついていると、被装着者であるサキの自我を完全に殺してしまう為だ。かと言って、専用封冠を被せる前に現在の拘束用封冠を外してしまうと、これもまたサキの心は自責の念で押し潰されてしまう。
サキに被せる特製封冠には、新たな精神安定機能が付与されている。精神の安定を図りつつも自我を保ち、加えて力を出せるよう調整されているんだ。この封冠を被せる事によって、自責と後悔の念を抑える事ができるらしい。
今までも、『特務機関フェンリル』は復天したデッドエンジェルを特務機関員として受け入れている事は知っての通りだ。まあ、サキのような凄惨な過去を持つ者は、流石に少なかったが……
それでも彼らは例外なく、自分自身の『堕天した記憶』が新たなトラウマと化していた。高位の守護天使程、その傾向が強かった。多くの者(事務職・研究職に就くか、戦闘員でも一級守護天使以下の者達)は、既製品の一般型の封冠で用が足りていたが、サキのような強大な戦闘力を保ったまま精神を安定させようとすると、特別にカスタムメイドされた封冠が必要になってくるのだ。それでも一部の特殊能力が封じられてしまうのは避けられない。強大な特殊能力を全力で発揮する事は、彼女自身の肉体・精神への負担が著しい……その意味では、仕方の無い事だったのだがな。
封冠を取り替えて十数秒後……
彼女の光を失った瞳に、僅かながら光が灯る。
ゆっくりと頭を持ち上げたサキは、黙ったままセリーナと俺を不安そうな瞳で見上げた。
そこにいたのは……例えるなら……親とはぐれた雛鳥だった。大切な全てを失い、ただ不安に打ち震えて怯えるだけの。
そこに、セリーナの声が響く。
「あなたに……生きる気力と意志はある?」
サキはしばらく固まったままだったが、やがて小さく頷く。
だが、その瞳の映した光はとても淡く、今にも消えてしまいそうだった。
俺はセリーナに促され、サキの手足、そして首を拘束していた枷に鍵を入れていく。
「立てるか?」
枷が取り除かれ、十数日振りに自由を回復した彼女に、俺は努めて優しく言った。
サキは戸惑ったような顔で俺を見上げ、しばらくして頷くとゆっくりと立ち上がった。その動きは、長期間同じ姿勢で拘束されていたとは思えない程、しっかりとした物だった。