役所の世界にテレポートした俺は、真っ先にサキと待ち合わせ場所に指定していた公園に向かった。
そして、時計塔の下にいたサキを見た時……俺の心は締め付けられた。
時計塔に手を付き、肩を落して……サキは泣いていたんだ……涙を流さず……流せずに……
俺は居たたまれずに、しばらく声を掛けるのを躊躇ってしまった。
だが、サキは近づいた俺に気が付くと、それまで肩を落していた素振りは欠片も見せずに、俺に話しかけてきた。
「……ごめんなさい……勝手に帰ってしまって……」
「あ、ああ、いや、問題ないさ。後は出頭して任務完了の報告だけだから、俺だけでも十分だ。今日まで色々と大変だっただろうから、お前は部屋で休んでいてくれ」
俺の言葉に、サキは明らかにほっとしたような表情を見せていた。嘘を付けない、隠し事が苦手なサキは、権力機構の中でのパワーゲームに、最も向かないタイプの精神構造であったんだ。それを彼女も自覚していた。それに、今まで数日間、四六時中が作戦行動中だったから、仮眠は取れても熟睡は出来なかっただろう。サポートの俺でさえ、こんなに疲労しているのだから、サキの心身の疲労はピークに達している事が、容易に想像出来た。
「装備品はどうする? 今後は奴から奪った、その長剣を使うのか? ああ、無論、官給品の剣とそれと両方とも使う事も出来るが……」
「……官給品の剣は……返すわ……」
「そうか。なら、官給品の剣は俺が返却しておく。この長剣を、官給品でない私物の武器を使うのであれば、その旨を、この『装備品変更届』に書いて提出してくれ」俺は、先刻回収した長剣を渡す。そして、手に一枚の書類を出現させ、それも手渡した。
「……わかったわ……いろいろとありがとう……」
俺が本部で報告を終え、俺の部屋に戻る為に訓練所の傍を通りかかった所、寂しげな目をしたサキが、何やら衣類を抱えて歩いている所であった。思わず、見てはいけない物を見たような気がして、植え込みに隠れてやり過ごした。
サキは、役所の世界の外れの方角に歩いていくようであった。
俺は、その思い詰めたような瞳の色が気になったので、少々後ろめたくもあったが、物陰に隠れながら尾行していった。
サキが立ち止まったのは、廃墟の街を模した訓練施設の中であった。
俺が物陰から訝しみながら見ていると、サキは持っていた一着の服を広げる。
その服……一級守護天使のメイド服を、様々な想いを込めたように、じっと見つめている。恐らくは、サキの心には様々な想いがよぎって来ているのだろうか……
ご主人の元に転生する事を夢見て、修行に励んでいた見習い時代……
初めてメイド服に袖を通した、見習い修了時……
彼女のご主人と過ごせた、宝石のような日々……
理不尽極まりない仕打ちによって奪われた、大切なモノ……
永遠の中断を余儀なくされた、輝かしい日々……
サキの掌に出現した小さな火がメイド服の裾に近づけられる。
「……さようなら……ご主人様……」
驚き固まっている俺を尻目に(と言っても、俺には気付いていないはずだが)サキは極小さな声で呟く。
裾に燃え移った火が、次第に服全体に燃え広がって行く。
「……この力……もっと早く欲しかったな……そうすれば……」
暫くの間、炎に包まれるメイド服をじっと見つめていたサキは、想いを振り切るように振り向く。
物陰に隠れて見ていた俺は、慌てて首を引っ込める。どうやら、間一髪で気が付かれなかったようだ。
俺が気配を殺して隠れている場所を、気付かずに通り過ぎて行った。サキの、その瞳に涙は無かった。
その瞳は、そう、例えるなら……過去の自分を殺した、哀しき暗殺者の瞳だった。
メイド服を焼き尽くした炎、それは自分自身が殺した、かつての自分への送り火だったのか……