既に日は傾き、辺りには夕日が射していた。
ここはラグリア国にある、名も無きゲリラ兵達の終の棲家……
俺はご主人様に語りかけた。
「まあ、そんなこんなで……守るべき者が出来たお陰で、結構充実した毎日を過ごしています。任務は後味が悪い事も多いですが……」
背後で草が踏みしめられる音がした。
その気配で、俺は誰だか分かった。俺は振り返らずに言う。
「確か……前にもこんな事があったな。セリーナ」
セリーナは、黙って進み出ると、手に持った白百合の花束を、塚の袂に置き跪く。そして、目を閉じて両手を胸の前で組む。
そのまま、この場所だけが時間が止まったように、ゆっくりと時が流れる……
「なあ、セリーナ」
俺達二人の間に、風が吹き抜けた。
草木が揺れざわめく音を聞きながらセリーナに語りかける。
「俺は、ご主人様の為に復讐を目指した。だがそれは叶わずに……今、俺はこうして、ここにいる」
黙ったままのセリーナに、俺は言葉を続ける。何故こんな事を言う気になったのか……この場所で、過去を回想していた事が、俺を知らずの内に感傷的にさせていたのかもな。
「たまに思うんだ。俺は、このままご主人様の事を……想いを……忘れてしまうんじゃないか、って。……それが……怖いんだ……」
「昨日より明日を見て欲しい……わたくしがあなたのご主人であれば、多分そう言うわ」
ご主人様の為、祈りを捧げてくれていたセリーナは立ち上がると、微笑みながら振り返える。
「だから……あなたも、もっと自信を持ちなさいよ。全く……あなたとサキ、本当に似た者同士だわ。自分の能力に自信が持てない所なんか、そっくりよ」
サキに似ていると言われ、俺は嬉しいような、ちょっと悲しいような、そんな複雑な気分になった。
でも、何故だろうか……今この場でセリーナにそう言われると、ご主人様がそう言ってくれる、と確信出来る俺がいた。この場所の『空気』という奴が、俺にそう思わせているのかもな……
それより、今更ながら、セリーナの洞察力には恐れ入る。かつての『お調子者』の仮面の下の素顔に気付いていた……つまり、本当の俺を、強がりも演技も全て見抜いていた……そう言う事だったんだ。
以前の『セリーナが好意を寄せていたのはお調子者の俺かもしれない』というくだりは、撤回する必要がありそうだ。
「嵐が来そうね……」
そのセリーナの極小さな声での呟きに、俺は空を見上げた。
確かに、先程まで晴れ渡っていた空に、何時の間にか黒い雲が幾つか浮かんでいた。
この場所のこの時間のこの雲の状況は、明らかに大きな嵐の前兆だった。
どうやら、回想に没頭していた事で、天候の変化に気が付くのが遅れたらしい。
俺は、心の中で言葉を続ける。
……ご主人様、今度は何時来れるか分かりませんが、決して今回程待たせたりしません。ですが、必ず近いうちにまた来ます。どうぞ、安らかにお眠り下さい……
「セリーナ、ご主人様の為に祈ってくれて、ありがとう……な」
「何言ってるの。あなたとわたくしの仲じゃないの」
例によって口調は相変わらずだったが、そのセリーナの顔に一瞬、不自然に影が射したように思えた。
俺は一瞬目を疑い、再度目を凝らして見たが、その影は確認できなかった。
「レオン? 何わたくしの顔をジロジロ見てるの?」
「あ、いや、何でもない。さ、もう情報収集は終わっているから、後は資料の取りまとめだけだ。雨になる前に帰ろうぜ!」
俺はそう言うと、セリーナと共にテレポートで役所の世界へと飛んだ。
セリーナの顔に射した影、それが気にはなったが、日々の仕事・任務に忙殺され、目の錯覚だと結論付け、記憶の彼方に埋もれさせてしまった。
『E3と名乗る3人の呪詛悪魔との決戦』という大事件に気を取られ過ぎてしまっていたからな。
影の意味が……『嵐が来そうね』という言葉の意味と共に思い当たったのは、しばらく後に起きた『ある事件』の時だった。天界のみならず、人間界すら揺るがしかねない……
スケール・派手さという点では、上記の出来事には劣るかもしれないが、天界や人間界への直接的な影響という意味では勝るとも劣らない……そんな事件のな。
思えば、あの時……セリーナが何故ラグリアの気候を、地元の者のように察知出来たのか……もっと深く考える必要があったのかもしれない。
セリーナは、気象情報に託けて、それとなく情報を漏らしてくれていたんだ。もっとも、それを思い出す事が出来たのは、事が起こる直前になってから、だったがな……
第八話「虐殺者」(ジェノサイダー)へ続く……