死の先に在るモノ

第7話「復讐者」(アヴェンジャー)≪後編≫

>再びレオン視点

まあ、何だな……
サキには、初任務から早々に辛い経験をさせてしまったな。
全く……命懸けで護った奴に憎まれてしまうような、そんな仕事に引き込んでしまったのは、半分は俺の責任だ。本当に申し訳ない事をしたな……と思う。
ともかく、先程のシーンに話を戻そう。 突如と出現して腕を掴んだ俺に、主人の青年は驚き戸惑っていた。が、我に返ると、憤然と食って掛かってきた。

「な、なんだお前は! この手を放せ!!」

俺はそれに答えずに、サキに顔だけを向けた。
サキも、何故俺がここにいるのか、戸惑っていたようであった。
そんなサキに、極めて事務的に声をかけた。

「サキ、任務の状況はどうなっている?」
「…………魔王レベル4の呪詛悪魔・虎のオラクル……消去に成功……そして……」

サキは、そこで一端言葉を区切ると、少し躊躇ったように口篭ったが、言葉を続ける。

「……魔獣レベル10のデッドエンジェル・アオサギのクラウド……消去……捕獲は……手遅れだったわ……」
「そうか……これでお前の任務は完了だ。後は、これから本部に戻っての報告のみになる。以上」

俺のその言葉を聞いたサキは、テレポートの為に精神を集中させようと背を向ける。
だが、俺が腕を掴んでいた青年が、俺とサキに向けて罵りの声を上げる。

「待て! よくもクラウドを……! おい、この手を放せ!! それから、お前も言うべき事があるだろうが!!」

収まらない青年は、サキに対して言葉を荒げる。そして、俺に対して蹴りを入れてきた。だが、訓練を受けた訳でもない一般人としては無謀な行為だった。俺はその足を片手で受け止めると、そのまま主人の背後に回り、手を後ろにねじあげる。
レインはというと、涙を流しながらも、当惑した眼差しでサキと俺とをしきりに見比べていた。恐らくは、混乱しきっていたのだろう。
だが、主人が後ろに手をねじ上げられるのを見て驚き、泣き声を上げながら、俺に対して抗議の意思を示す。

「や……やめて……酷い事、しないで……」
「いたたたた……はっ、放せ! レインの先輩だか何だか知らないが……何とか言ったらどうだ!? この……」

俺はこの青年が、半ば苦し紛れにサキに言おうとしていた言葉を薄々とは察したが、
今だに『まさかそんな事を……』という思いを、甘い考えを持っていたらしかった。
サキの事を思えば、無理にでも口を塞いだ方が良かったんだ。今更、後知恵ならどうとでも言えるが。
その俺の、らしくもない躊躇がサキは無論の事、この場に居る者達全員の心を大いに傷付ける事となった。

「……この……死神め!!」

その言葉は、文字通りの爆弾と化して、サキの心を引き裂いた。サキの受けた衝撃の大きさは、その手に持っていた二本の剣を取り落としてしまった事からも察する事が出来た。
目を吊り上げたサキが振り返り、何か言おうと口を開きかけた。だが、一足早く、俺の拳が青年のその頬に叩き込まれていた。……勿論大いに手加減したが……

『やめて!!』

もう一回殴ろうと、石畳に倒れた青年の胸倉を掴み起こした俺の動きを止めたのは、全く同じタイミングで叫ばれた、二人の言葉であった。
その言葉を発した主の一人であるレインは驚いた表情で、もう一人の主であるサキを見つめていた。
サキは、何かを言いたそうに口を開いたが、何も言葉にならなかった。そのまま視線を左斜め下へと逸らすと、後ろを向く。そして、今度こそテレポートで姿を消した。
レインがすすり泣く、その声を背中に聞きながら……

 

 

一方の主人の青年は、胸倉を掴んでいる俺の手を引き剥がそうとしていた。その目は俺を睨むような眼差しで見ていた。
俺は青年の胸倉を掴んでいた手を放す。突然解放された青年は勢い余って石畳にに尻餅をつく。ほっとしたように、それでも怒りが収まらないような瞳で、痛む頬を押さえながらも俺を睨み付ける。そんな主人をレインが駆け寄って抱き締める。
俺は二人を眺めながら、サキの落していった二本の剣を拾い上げながら言った。

「ご主人……あなたがサキを責めたくなる気持ちも分からないではない。だが……それを言うなら、天界の者……オラクルの存在を、もっと早く察知出来なかった調査部全体の責任だ。責任者として、哀悼の意を表し、ここに謝罪する。申し訳無かった」

素直に頭を下げた俺に、主人とレインは、戸惑ったように顔を見合わせる。俺がそんな偉い立場の者だったのか……二人の驚いた表情はそう語っていた。俺は、第二調査部(特務機関フェンリル)全体の責任者ではない、サキの行動に関してだけの責任者だ。だから、この場所での責任者である……という意味であって、嘘は言っていない。故意に、調査部全体の責任者である、と、誤解させるような説明をした事は認めるが。

「だから……」

ここで、俺は口調を一変させる。それを察したレインの肩が、びくりと震える。

「サキを非難するのはな、筋違いってもんだぜ! 特に『死神』呼ばわりする事は、サキが許しても俺が許さん!! サキがどんな想いでこの仕事をしているのか……それを考えた事があるか?!」

一気に捲し立てた俺を、怯えた目で見るレインと、ショックを受けながらも怒りの表情を崩さない主人。
レインが怯えながらも、恐る恐るといった感じで俺に尋ねた。

「一体……何があったのですか? どうしてあんなに哀しそうな瞳を……」
「残念ながら、俺には話す事は出来ん。サキも、触れて欲しくない事だろうしな」

それを聞いたレインと青年は、当然納得している顔ではなかった。

「レイン……と言ったな」
「は、はい、な、何ですか?」

レインは、緊張のあまり声が上ずり、さらにその言葉の端から不信感が滲み出ていた。

「ご主人を大切にな……」

俺のその言葉を聞いて耳を疑ったようだ。まあ、無理も無い。第一印象からして最悪だったからな。恐らく、俺の事は『ご主人様を殴った奴』という認識しか無いだろうからな。

「ご主人に尽くしたくても、それが永遠に叶わぬ願いとなってしまった守護天使がいる事を……」

……この言葉だけで、分かってくれるとは思わない……
……むしろ、こんな言葉だけで分かり合えるのは……ご都合主義の物語の中だけの話だ……

「分かって欲しい……」

そこまで言うと俺は二人に背を向け、テレポートで役所の世界に飛んだ。

……多くは望まない……
……虫のいい願いだという事は、承知の上だが……
……何かを感じてもらいたかった。いや、察して欲しかった……
……サキの……あの過去を……


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