>10年前
しつじの世界……そこにある一本の古びた石柱……
頂には鳩のモニュメントがある。
その石柱の中で何時もの様に知識を吸収していた俺は、突然大切な『何か』が失われたような喪失感・胸の痛みに襲われ、同時に精神力・気力が少しずつ抜けて落ちて行くのを感じた。
そして自分自身の存在が次第に希薄になっていく……
例えるなら、生命の……魂の輝きが弱まっていくのを感じた。
本当に突然の事だったから、何が何やら解らなかったが、俺に『魂の死』が訪れようとしている事は理解していた。それが決して抗う事が不可能だって事も……
(こ、このまま……俺は消えてしまうのか? このまま……)
この時、不思議と恐怖感は無かった。あったのは無力感と無念さだけだった。
この時周囲を見渡す余裕の無かった俺は気が付かなかった。
一人の中年男が俺の柱に手を当てて念じ、思念波を送り込んでいた事、その思念波に反応するように柱が淡く光輝いていた事……それが、消えかけていた俺の意識が辛うじて保っていられた理由だったって事を……
『……目覚めろ、鳩のレオン!』
必死にあがいていた俺の脳裏に、その声が響き渡った。
次の瞬間、青白い光が視界を満たし、柱が砕け散る轟音と共に精神が消滅の危機から解放されるのを感じてた。
気が付くと、そこに一人の……眼鏡をかけた中年の男が佇んでいた。
柱が砕けた時の光の奔流と爆風の土煙が収まり……柱があった場所には17歳くらいの少年……つまり俺、鳩のレオンと眼鏡をかけた中年男が、向かい合うように立っていた。
「ふむ、それが貴様の人間体……反政府ゲリラの小隊長の姿か……」
満足げにつぶやく中年男を、俺は黙って睨み付けた。
この男が俺を救ってくれた恩人なのは理解していた。
だがそれを上回るいかがわしさ・胡散臭さに、俺の勘が警鐘を鳴らしていた。『この男は危険だ!』と……
すると、その中年男は薄く笑ってこう言った。
「わたしはロイ。イグアナのロイだ。さて、早速だが……貴様には生きる権利がある」
俺はそれが何を意味しているのか……さっぱり解らなかった。
それはそうだろう、突然「生きる権利がある」だの言い出すのだからな。
「訳が解らんか……当然だな。ではこう言い換えよう。貴様には大天使として生きる権利がある、とな」
このロイの言葉に俺は戸惑った……いや、大天使という言葉の意味を、現実を認めたくはなかったんだな。そんな俺に追い討ちをかけるようにロイはこう言放った。
「レオナルドよ、貴様の主人は死んだ。貴様は主人を護る事ができなかったのだ」
俺は咄嗟に怒鳴った。
「やめろ! その名で呼ぶな! お前に何が解る!」
解っていた。解っていたんだ。シンシア……ご主人様は、俺とカルロスとの別れの記憶を心の奥底に封印したままゲリラ兵士として戦火に明け暮れ、最期でさえ俺の事を思い出す間も無かったという事は……
先程の喪失感と胸の痛みの原因が『ご主人様の死』だったって事は……
俺のその想いが憎悪を含んだ視線となって向けられても、ロイは平然とその視線を受け止めていた。
そして相変わらず人を喰ったような口調で続ける。
「二級守護天使、鳩のレオンよ。貴様が……守護天使として主人の元に転生する事は最早できん。だが、貴様の才能はこのまま失わせてしまうのは惜しい。どうだ? その能力、他の者の為に役立ててみる気はないか?」
俺は少し考えるふりをしながら言った。
「もし、断ったら?」
「転生の環に還る事になるだろうな」
ロイは間髪入れず、しかも躊躇無く答えた。
つまりは、道は一つしか無いって事だ。こいつの手駒……あるいは捨て駒としての……
最初から俺の腹は決まっていが、それを悟られる訳にはいかなかった。
「良いだろう。だが、俺の事は『レオン』と呼んでもらおう。『レオナルド』と呼んでいいのはご主人様だけだ!」
その言葉に満足げに笑うロイ……こいつの評価はこれで決まった。
第一印象とあまり変わらなかったが……『いけ好かない奴』という……
俺は決心していた。
今は雌伏の時だが、いつの日か……例の薄汚い裏切り者と、麻薬組織の連中をこの手で殺し……いや、この世に存在した事自体を後悔させるような、そんな裁きを与えてやる……ってな。
表面的には明るいお調子者を装い、内心は煮えたぎる復讐心を隠し持っていた。
煮え滾る復讐の炎を快活なお調子者の仮面で覆い隠して偽装した……と言えば聞こえは良いが……平たく言ってしまえば嘘つき(ライアー)って事だった。
今、復讐心を悟られる訳にはいかなかった。そんな事になれば、当然の事ながら訓練が受けられなくなるし……間違いなく、デッドエンジェルとして『処理』されてしまう。
俺は幸い諜報要員としての適性が高かった。だから、直接戦闘力を上げるより、持久力を上昇させる訓練に重点が置かれた。テレポートの距離や最大積載量を大きくする
訓練、また長期潜入任務の為の生存術、もちろん諜報術の理論と実践も叩き込まれた。
俺は半年の基礎訓練と、1年間の諜報部員としての訓練も終えて配属になったのは……ちょうど地球の裏側の日本という国だった。しかもメッセンジャー・スカウト(偵察員)として……
これには怒りを覚えた。なにしろ、南米地区担当の戦闘要員を希望していたのだからな。
だが、こんな事でチャンスをフイにする訳にはいかない。生きていれば必ず機会は巡ってくる……そう自分に言い聞かせた。
日本担当の部署では、まあ居心地は悪くなかった。
何より同僚のセリーナという女と何故か気があったしな。
もっとも向こうが好意を抱いたのは、俺が演じていた『お調子者としてのレオン』
に、かもしれんがね。
実際周囲の評価は『気の置けない仲』という物だった。
『異性の友人』なんて呼び名がしっくり来る……そんな関係が続いた。