レオンは激しく暴れるテレーズを肩に担いで夜道を走っていた。
テレーズはご主人様と呼びながら嗚咽し泣き叫び、レオンの手を振り解こうともがいている。
サキ「……レオン……このままでは……どちらにしても……嗅ぎ付けられて……
……私に……任せて……」
レオンは仕方なくテレーズを地面に下ろす。
足が付くと同時に、テレーズは屋敷に向かって走り出そうとした。レオンはその腕を掴む。
テレーズ「いや! 放して! 早くしないとご主人様が……!」
大きく取り乱しながら泣き喚くテレーズの頬を、サキは思い切り平手で叩く。
サキは本来の力の3割も出せていなかったが、それでもテレーズは大きく吹き飛ばされ、うつぶせになって芝生に叩き付けられる。
テレーズ「うっ、うう……」
立ち上がる気力も無く、嗚咽を洩らすテレーズに対し、サキは何の感情も交えず、淡々と言放つ。
サキ「……ご主人はもうA国軍によって……殺された可能性が高いわ……
……ここで……あなたの選択肢は3つあるわ……1つ目は今この場で私に殺される事……」
びくっとテレーズの体が震える。
サキ「……2つ目はここに残って……国民に殺される事……
……3つ目は私達の指示に従って……送還される事……
……好きな物を選びなさい……今すぐ……」
サキの淡々とした口調は、声を荒げられるより恐怖感を増大させていた。
テレーズは消え入りそうな声で、答える。
テレーズ「……あなた達に従うわ……」
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首都は戒厳令が布かれたのか、人影は無い。時折、銃を持ったA国軍の兵士やその車両が徘徊する他には、動く物は無い。街は息を殺して、推移を見守っているかのようであった。
そんな街を二つの人影が走り抜ける。レオンとサキであった。
予備の魔封瓶にテレーズを封じた二人は、深夜の街を影のように走っていた。
A国軍の車両が接近すると物陰に……建物だけでなく植込みや橋の下等に隠れ、やり過ごす。
テレーズを封じた魔封瓶をサキが持ち、また2人とも既に「オペラ座の怪人」の礼服から、ジャケットにスラックスという、いつもの服装に変えている。
今もって混乱が続く将軍の公邸からは一刻も早く遠ざかる必要があった。
A国軍によって、将軍の公邸から郊外を結ぶ道路は全て封鎖されていた。だがレオンはサキを先導しながらある場所を目指していた。検問を巧みに避け、抜け道や回り道等を使いながら、また、それこそ現地の住人しか知らないような間道をも使って……。
辿り着いたのは、鉄道と道路が交差する陸橋であった。
レオン「もうじきここを国際列車が通過する……俺達は……」
サキ「……無賃乗車を……するのね……」
レオン「この際、仕方ない……」
その時列車の接近を知らせる警笛音が鳴り、前照灯の光が次第に接近してくる。
この国際列車は将軍の遺産であった。治安を安定させ、鉄道の運行の安全を保障、これによって大回りしていたそれまでのルートに対して大幅に時間短縮がなったのである。隣国の鉄道会社が支払う施設使用料、これがインフラの復旧・整備などにあてられたのである。
なお、国際列車は治安上の理由からこの国の駅には全て停車せず、通過するのみであった。
レオン「機関車と最初の客車をやり過ごしたら……飛び移るぞ……いいな」
サキは小さく頷くと、レオンと共に意識を集中させる。
ディーゼルエンジンの轟音を響かせ機関車が、続いて客車が通過する。レオンは叫ぶ。
レオン「今だ!!」
サキとレオンは欄干を乗り越えて、飛び降りる。そしてレオンは無事に客車の屋根に着地する。
ところがサキは着地した瞬間、足を滑らせ、転落しそうになる……その手をレオンが掴んで引き戻す。
すんでの所で転落は免れたサキを、そのまま組み伏せる。
直後、レオンの頭上十数cmの所をトンネルの天井がかすめる。
息を飲むサキ。じりじりするような時間が過ぎ、サキの目に星空が広がる。
それはほんの数秒であった。だがサキとレオンには数十分もかかったように感じられた。
サキ「……あ……ありがとう……感謝するわ……」
レオン「気にするな。それより、しばらくトンネルは無いはずだ。いまのうちに貨車に移動しよう」
サキ「……貨車……?」
レオン「さすがに切符を持っていない俺達が、客車の中をうろつく訳にはいかないだろう?」