死の先に在るモノ

第5話「圧政者」(タイラント)

サキの手の中で瓶は粉々に砕けていた。
扉の所には険しい表情をした将軍が佇んでいる。その手に握られた拳銃からは硝煙がたなびいていた。

将軍「貴様ら……! テレーズをどうするつもりだ……!?」

将軍の怒声が聞こえないかの様に、サキは砕けた瓶を呆然と眺めている。
具体的な行動に移されるまで気配に気が付かなかった……本来の調子ならば考えられない失態であった。

テレーズ「ご主人様!? もうお休みになったのでは……?」
将軍「何故か胸騒ぎがしてな……案の定……この有様だ!」

サキとレオンを憎悪に満ちた視線でにらみ付ける将軍。

将軍「貴様等……生きて帰れると思うなよ……!」

銃口を向けてくる将軍に対しサキとレオンの二人は、その心の闇の深さを思い知らされたような……そんな気がした。
さらに、将軍の経歴を調べたレオンは、自分が知る事ができたのはこの男の憎しみと悲しみに彩られた過去のほんの一部だった……それに今更ながらに気付かされたのである。

若き日の、後に「将軍」と呼ばれる事になる男は、作戦行動中に清流の近くで野営していた。
この時彼は、ある前々政権派武装組織の幹部となっていた。彼が軍に身を投じてから、内戦はますます激しくなり、首都の主も二度に渡って代替わりしていた。
彼は当時の政府に義理立てするつもりは毛頭無かったが、テロリストの一味(と、彼が思いこんでいる)ゲリラに降る事を潔しとしなかった、結果として数多くの修羅場を潜り抜け、また人心掌握術を身に付け、それが彼を三十代でこの国で有数の規模な武装組織の幹部にのし上げていた。

ある日の朝、野営地で顔を洗おうと川辺に近づく。突然水面が鏡のようになって光り輝き、そこから一人の女性が出現したのである。
当初は守護天使との主張を全く信じず、スパイ容疑で(あるいは妖怪として)射殺しようとした程であったが、自分とお姉さんとテレーズしか知らないはずの事を全て言い当てた事によって、あの時の犬だと認識したのである。
それからの彼と彼が指導者となった組織は、信じられない程の幸運に恵まれる事になった。
そして、あれよあれよという間に組織は大きくなり、首都を再占領、民衆の歓呼の声で迎えられた。
彼の組織は軍規は厳しかったが、公正で公平であった。また将来への展望も持っていた。
その為、多くの者が、彼が明るい未来をもたらしてくれる……そう信じていた。

だが、彼を狙ったテロが、彼を豹変させる事になる。
テレーズが彼を庇い大怪我をしたのである。
それが少年時代の惨劇の記憶を呼び覚まし、苛烈な報復に走らせる結果になったのである。
そのテロの黒幕と噂された組織の支配地域にある村の一つを皆殺しにしたのである。
女性・老人・子供の区別無く……無論見せしめの為である。
だが、そしてそれに対しテレーズは何も言えなかった。重傷で動けなかった、というのもあるが、それ以上に、テロリストの一味なら皆殺しも仕方が無い、また、将軍に嫌われたくなかった、という想いが本来の使命である「過ちを制止する」という行為を躊躇させてしまった。
だがこれ以降、将軍は人が変わったように冷酷・残虐になっていったのである。
テレーズにも止められないくらいの勢いで……

テレーズ「ご主人様! これは……」
将軍「お前は黙っていろ! わしからテレーズを奪おうとする輩は、断じて許さん!
   何人たりとも……そう、たとえ神であろうともな!」
レオン「ご主人……彼女に、守護天使としての掟を破らせるつもりか?」
将軍「フン、貴様等などに何がわかる?!
   もうすぐ、祖国もテレーズも権力も全てがわしの手に入るのだ!
   わしの楽園の創造、決して邪魔はさせん!」
サキ「……ご主人……何かを得れば……何かを失うわ……」
将軍「知った口を利くな! わしは全てを手に入れるのだ!
   そんなわしと一緒にいる事が、テレーズにとっての幸福でもあるのだ!」
サキ「……ならば……あなたも……任務の障害と見なし……消去する事に……なるわ……」
将軍「消去だと? 秘密警察のような事を言う……」

睨み合うサキと将軍……
と、その時、突然大きな地響きがして建物が大きく揺れる。


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