ムサ婆「サキが残していった物じゃ……」
あまりの出来栄えに、見習い達は声を無くした。
それは一人一人の弱点、補強ポイント等が詳細に書き込まれており、それを克服する為のアドバイス等が全て適確だったからであった。
ライト「!! ……たったあれだけの時間で……?」
驚く見習い達に、ムサ婆は説明をする。これが、昨日にサキが言っていた『見習いに課すべき本訓練』の正体であった事を。
見習い達が想像していたそれは、『文字通りの血反吐を吐く程の地獄のしごき』であったのだが、さにあらず、その訓練メニューは全員分が、体力的にも無理の無いように、かと言って怠ける事ができないように、論理的かつ合理的に組まれていたのである。
その内容もさることながら、それを極めて短期間に完成させた事に、見習い達は強い衝撃を受けていた。いくら見習いであろうとも、このような詳細な資料の製作が容易ならざる物である事は、簡単に察しがつく。
ライト「一体あの人は……?! まさか本当に、ドミニオンフォース特殊部隊の指導教官なの!?」
マリー「でもぉ、それって噂だしぃ……」
ハープ「仮にそうだとしても、わたしは驚かないわよ」
戸惑いと感嘆のざわめきが収まるのを見計らって、ムサ婆は訓示を再開する。
ムサ婆「サキからの伝言じゃ。
≪訓練で汗を流した分だけ、実戦で血を流す確率を減らすことができる≫
分かるか? お前達……」
その言葉に見習い達は、はっとした表情に変わる。
いざという時の為、自分自身と、そして愛する者を守りきるだけの力をつけろ……端的に言えば、そういう事だ。だが、それをムサ婆を通し、このような形で言われた事によって、『自分達が想像も付かない程の修羅場を潜り抜けて来た』という事実に、否応無く気付かさせられた。結果、そのカリスマ性と神秘性をより高めていた。
そして理解したのだ。理屈ではなく感覚で。サキから見た自分達が、守護天使として非常に危うく見えた事に。彼女の仕打ち、それは自分達の事を想うが故の、彼女なりの不器用な優しさであったという事を。
ムサ婆「ワシもサキの詳しい素性は知らん。ただ、これだけは言える。この訓練メニューを実行すれば、お前達は一人前の守護天使に近づける、とな」
その言葉に、見習い達は顔を上気させる。
その顔を満足げに眺めたムサ婆は、サキからの最後の伝言を伝える。
ムサ婆「じゃが、今すぐ本訓練……という訳にはいかんぞ。サキが言うには『お前達はまだまだ下地ができていない』らしからのう」
それでも、見習い達の熱意は揺るがなかった。例えそれが、昨日と同じ訓練であってったとしても。
そう、ムサ婆に言われずとも分かっていたのだ。自分達が『教官が作ってくれたメニューの効果を発揮するには、まだまだ基礎体力が足りない』という事が。
それを理解した今、前日とは打って変わって、文句を言いたげな者は一人もいない。誰もが希望とやる気に満ち溢れ、その瞳を輝かせていた。
ムサ婆「さあ、まずは走り込み50kmじゃ!」
見習い全員『はい!』
第三話「追跡者」(チェイサー)に続く