十数秒後、ムサ婆の部屋がノックされた。
ムサ婆「おや、誰じゃ? こんな時間に……サキ? どうしたのじゃ? もう任務に戻らなくては
ならないのか?」
サキ「……はい……途中で中断されてしまうのは心苦しいのですが……」
そのサキの言葉に、ムサ婆は沈痛と評しても良い表情を浮かべる。
ムサ婆は、サキの所属する役所の素性を、ある程度とはいえ知っている。
そのサキが、この教育任務を離れなければならない新たな任務、それがいかなる物であるのか、それを察する事ができたからであった。
ムサ婆「……こちらの事は気にせんでも良い……それよりも、お主の方こそ辛いじゃろうが……」
サキ「……もう時間がありませんので……これを……あの娘達に……」
サキに悔みの言葉を掛けようとするムサ婆を制し、サキは抱えていた紙の束を渡す。
その書類にざっと目を通したムサ婆は、思わず絶句する。
ムサ婆「……!! こ、これは……!! たった2日で……分かった、後はワシに任られよ」
サキ「……あとは…… …… ……」
サキは、ムサ婆に何やら耳打ちする。
それを聞きながら、ムサ婆は、了承したとばかりに、何度も大きく頷く。
ムサ婆「うむ。確かに、その方が良いかもしれんな。よし、あ奴等には、ワシから伝えておく」
サキ「……感謝します……それでは……」
サキは再びテレポートで飛ぶ。
この瞬間、既に彼女は、『教育者』の顔から『諜報員』の顔へと変わっていた。
サキが姿を消した自室で、ムサ婆はサキから託された書類を改めて読みふける。そこに書かれた記述は、ムサ婆を唸らせるには十分過ぎる物であった。ムサ婆は、教育任務を任された者達の間で語られていた『伝説』が、何の誇張も無かった事を実感したのだった。
それと同時に、失われた『モノ』の大きさを想い、思わず嘆息する。
ムサ婆「むう……本当に大したものじゃ……あんな事が無ければ、立派な教育者になっていたか
もしれんのに……惜しい事じゃ……」
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三日目の朝……
見習い達は、足取り重く整列する。
連日の訓練の疲労が抜けないのか、気だるい表情を隠そうともしない。今日もあの地獄の特訓をしなければならない事を思えば、気が重くなって当然だろう。
そんな見習い達の前に姿を現し、指揮台に上ったのはムサ婆だった。
訝しげにざわめく見習い達を前に、声を張り上げる。
ムサ婆「今日から、またワシがビシバシしごくからな!!」
突然現れたムサ婆を前に、見習い達は皆、怪訝な顔をしている。
その表情を察したムサ婆は、簡単に説明する。
ムサ婆「ああ、サキは本来の任務に戻った。あ奴には、臨時に教官の任をしてもらったのじゃ」
ムサ婆の言葉に、多くの見習い達が嬉々とした表情でざわめき出す。
中には、あからさまに『清々した』と言わんばかりの表情を浮かべている者もいた。
その態度に、
ムサ婆「この馬鹿者どもが~~!!」
久々にムサ婆の大雷が落ちた。
それは、半ば不意打ちのような形になり、ざわめきは一瞬で止む。
確かに、今までの訓練の事を考えれば、見習い達の反応は、ある意味仕方の無い事であろう。だが、見習い達の教育を任された者として、また、サキの性格をよく知っているムサ婆からしてみれば、それは我慢のならない事だった。
一方の見習い達はというと、あまりのムサ婆の迫力に驚愕し、立ち竦んでいた。その見習い達に向かい、ムサ婆は『ある物』を呼び出すと、静かに語り掛ける。
ムサ婆「これを見てみい……」
ムサ婆の声と共に、見習い一人一人の手元に紙の束が出現する。
見習い達『? ……!? ……!! こっ、これは……?』