その日の夜。
サキに割り当てられた官舎の部屋、そのデスクで、サキはノートパソコンを前に、何やら作業をしていた。
ただ、サキの手元に、メモや資料は全く無い。驚くべき事に、彼女自身の記憶を元にデータを作成している様子で、猛然とキーボードを打ち込んでいた。その非常に速い打ち込み速度は、彼女がそれを使い慣れた様子がうかがえた。
と、サキは手を止める。すると、パソコンに接続されたプリンターから、次々と用紙が吐き出される。その様子を、サキとしては珍しく、満足げな様子で眺めていた。
サキ「……これで完成ね……あとは……」
???<……キ……サキ……こえるか……サキ……>
突然聞こえてきた声に精神を集中させる。
次第に、大切なパートナーの声が明瞭に聞こえてくる。彼女の持つ『封冠』の機能の一つ、封冠同士の通信の機能であった。
それが、この時間に聞こえてきたという事の意味、これをサキは瞬時に理解した。
そして、その内容をレオンに確認する。……外れてくれれば良い、という一縷の望みを託して……
レオン<サキ、聞こえるか? 封冠通話をしている。サキ……>
サキ「……レオン……? ……聞こえるわ……任務かしら……?」
レオン<ああ、本部から連絡が来た。任務は『追跡』(チェイス)、対象は……>
サキ「……デッドエンジェルね……」
レオン<ああ、その通りだ>
そのレオンの返答に、サキは僅かに俯く。だが、迷いを振り切るように顔を上げると、レオンに告げる。
サキ「……”直ちに任務に復帰する”と……伝えておいて……」
レオン<了解! 落ち合うのは、いつもの場所でいいな?>
サキ「……いいわ……それじゃあ……また後で……」
サキは封冠通話を切ると、じっと外を見つめる。
彼女の瞳に映る窓の外の景色は、既に夜の深い闇に包まれ、街灯の光が頼りなさげに周囲を照らしていた。
傍から見れば、彼女はただ暗闇を見つめているとしか見えなかっただろう。
だが、見る者が見れば、その眼差しの意味に気付いたはずである。その視線の先には、見習い達の宿舎が存在していたのだから。
サキ「……いずれ……あの子達の中からも……いいえ……絶対に……させない……!」
強固な決意を込め、自分自身に言い聞かせるように呟く。そして、精神を集中させると、テレポートでその場から姿を消した。