シリーズ『魔狼群影』  1.ネイチャー・ガール

 二日後——
 イタチのアズマは再び、ファントム・ルーム内にいた。今日の彼女の姿は巫女装束ではなかった。いや、それ自体はむしろ当たり前のことであるのだが、しかし、今のかっこうもふつうとは言いかねた。身体を動かしやすいのはまちがいないが、それにしてもいささか肌の露出が大きすぎた。上はえりぐりの大きな極端に丈をつめたランニング型のものがほぼ胸だけをおおい、その腹部はすべてむき出しで背中も細い生地がわずかにつながるばかりで、大きく開いている。また、下は短いスパッツかホットパンツのような・・・言うなれば、セパレートタイプの水着のようなものだけを身につけていたのである。

 そういうかっこうをしてみると、この少女はほっそりとして胸や腰の張りもごくひかえめで、およそ女性としての成熟にはほど遠いものの、同時に、そのしっとりとした情感をたたえたたたずまいは、けっして、おさない子どものものでもあり得なかった・・・。
が、それは本人の意識とは関わりのないことらしく、アズマ当人はただじっとその場に立っているようだった。

「ふうむ・・・やっぱり、いつもと少しようすが違うわね」

 だが、入口近くに立っていた女性はそう感想を述べるようにかたわらのクリムに言った。白鳥のセリーナである。クリムからの連絡を受け、今日は彼女が伴ってアズマとここに来ていたのだった。ようすの違いといって、余人にはとうていわからない。ずっとアズマを見てきたセリーナにして、はじめてそれと気づくことであった。

「この前は、なにか、よほどだったようね。・・・あの子の話じゃ、あまり要領は得なかったけど——あなたのところにまた行くと言ったときにも、若干反応があったわ」

「そう・・・?」

「なんだか、緊張というか・・・もっと言うと、あなたをこわがってるみたいだった——もちろん表情に出たわけじゃないから、あくまで感じだけど」

「・・・。それは、いい徴候かもね。こんどの趣旨から言うと・・・個人的には、複雑だけど。まあいいわ、はじめましょう」

 言うなり、鞭を手にアズマの方に向かう。彼女自身も、前回のようなドレス姿ではなく——しかし、こちらは一般的な訓練用のスーツである。
 アズマとはまったく対照的なゴージャスそのものの体の線がくっきり露わになるくらいフィットしているが、手首まであるそでにさらに今度は短い一般的な型の手袋をはめ、下のすそは靴の上の足首までのび、実際に外に現れているのは首から上のみだった。

「アズマ——」

 そのクリムが呼びかけたとき、確かにアズマが身体をぴくんとさせたのをセリーナは見た。

「いい? 今からのわたしの攻撃を何とかして逃げるか、防いでみなさい。もちろん、あなたの方も攻撃してかまわないから」

「——はい」

 その声にも心なしか、緊張が混じっているように思われた。
 が、答えてすぐアズマは腰につけたホルダーから針を取り出し——着物のようにしまっておくところがないので——、指の間にはさむ、と・・・
 ——たっ・・・!
 いきなり床を蹴って、クリムの方へかけ出した。対するクリムはことさら動くことなく、そのままじっと近づくアズマを見つめている。

(ん? いつになく、アグレッシブね・・・? ——あの子がすぐ行動に出たとしても、それはたいてい何か言われたからで、ほんとに自分からということは、ほとんどないんだけど)

 やや目を見張って見守るセリーナの前で、アズマはクリムの手前6メートルほどのところでその勢いのまま宙高く飛び上がり、下のクリムを狙って、左右の手から針をはなった。
 セリーナが教えてきたうちでも、今のアズマの中でもっとも形になっている攻撃法のひとつであった。その攻撃にいたるまでの動作だけ見るならば、ほぼ完成されていると言っていい。だが・・・
 ちっ、とセリーナは舌打ちする。

(しかけるのが早すぎる。こちらの出方をうかがってる相手にいきなり、しかもまともに出して、どうするの。しばらくやり合った中で不意を打ってこそ、意表を突けるのに・・・。おまけにかわされると、あとの隙が大きいのよ、それ・・・空中で次を用意できない、今のあなたではね——これはまた、帰ったら、お説教だわ)

 仮に不意打ちできたにしても、クリム相手に通用はすまい——ともセリーナは思っているが、今問題にしているのはそういうことではない。結果はどうあれ、身につけた技をアズマがより有効に使えるかどうかということである。
 その点で、アズマの今の攻撃は短慮に過ぎるように見えた。
 ——いや、どこかあせっているのか・・・? 
 原因は不明だが、アズマのようすからセリーナはそういう印象を持った。まあ、であるにしろ、叱っておくべきことに変わりはない・・・。
さらに、セリーナには知らないことがある。アズマはいちどクリムにこの技を見せており、着地の際の隙の大きさもすでにつかまれているのだ。
一昨日は見逃したが、二度めとなると——

(ここは、この際、それもわからせておくべきね・・・)

 クリムはそう決断する。
 ——ひゅん!! キン、キキキン・・・! ・・・ぴしぃいっ!!
 ふるわれた鞭ははじめ空中でジグザグにうねって、向かってきた6本の針をことごとく四方にうち払い、続けてまっすぐ伸びると、緩やかな弧を描いて、空中からちょうど降りてきたアズマの向こうずねを打った。
 ——びくんんっ!!
 その瞬間、感電でもしたかのように、アズマの身体がはね上がるようにして一瞬硬直する。

「・・・っっ!!」

 ぎゅっとかみしめた歯の間を空気が通る音のみがした。アズマは声を立てなかった。だが、こらえたからではない。衝撃の大きさに反射的に息を吸いこんだため、外に出る声とはならなかっただけだ。言わば、無音の悲鳴——いや、絶叫。むしろ、それほどにショックは激しかったのだ。
 その証しに、ちゃんと着地できずにばたんと床に倒れ伏し、そのうえ、あのアズマがはっきり顔をしかめている。

(え? そこまで・・・?)

 しかし、セリーナはいぶかしんだ。むき出しの脚を打ったとは言え、今の一撃がそこまで強烈なものとは見えなかったのである。
 アズマは上体だけ起こして打たれたところを手でさすっていたが、すぐ立ち上がると、今度はクリムを見ながら、横へ走り出す。
 あの少女にしてありえるとも思えない、必死ささえ感じられるそのようすを目にして、セリーナはアズマの内心を理解した。

(ああ、じっとしていると、また赤い霧に包まれてしまうと思って、それで、動きまわろうと・・・よほど、懲りたようね。——ただ問題は、あの子の体力ではそう続けてはいられないということよね)

 そちらは分かった。だが一方で、セリーナはますます不審を募らせてもいる。
 再び走り出したアズマの姿からは、そのスピードといい、脚にさほどのダメージが残っているとは思われない。先ほどの反応の激しさからすれば、こんなに簡単に回復するものではないはずなのであるが・・・。

(何か、不自然ね・・・)

 眉を寄せ、セリーナは考えに沈んだ。
 倒れていたアズマの明らかな隙をクリムは今度は突かなかった。アズマが立ち上がり、走りはじめるのを待った。それはアズマを打ちのめすのが目的ではなく、動き続けられるようにしておかなければ、彼女の防衛反応を引き出すという趣旨からして意味がないからだろう。おそらく、クリムには今回は、いったん決まればアズマには防御不能な赤い霧をしかけるつもりもないに違いない。つまり、それと知らないで、アズマはクリムの意図どおり動かされていることになる。しかし・・・?
 思考をたどりながらも、セリーナの目は眼前の2人のようすをしっかりとらえていた。今アズマはクリムを中心として、円をえがいてまわりを走っている。そうして相手の隙を見出せば、攻撃に移るつもりなのであろう。
 対するクリムの方はただそのアズマを目で追うのみで、またも動かずいた。

 だが、一瞬で状況は変化する。
 ——ぴしっっ!!
 クリムの鞭が突如として鋭い音を立て、走るアズマを一撃ではね飛ばした。


P.E.T.S & Shippo Index - オリジナルキャラ創作