死の先に在るモノ

第4話「護衛者」(ガーディアン)

〜回想シーン〜

サキは僅かに頭を反らしただけでつばさの渾身の蹴りを空振りさせ、軽く足払いする。

つばさ「ああぅっ!」

たまらず転倒するつばさ。その体には無数の擦り傷ができている。
サキに徹底して翻弄され、疲労と体の痛みで立ち上がる事さえできない。

サキ「・・・これで理解できたでしょう?・・・自分自身すら守れない者が・・・
   ・・・ご主人を護るなど・・・夢のまた夢だと・・・」

全力の1割も出してはいないのは明らかであった。
 
あまりの力の違いに息を呑む見習い達。その先頭で心配そうに見守るらんとくるみ。
サキは息も絶え絶えで地面に突っ伏すつばさの傍らで冷然と見下ろす。

サキ「・・・実戦なら・・・これであなたはもう・・・10回は死んでいるわ・・・」
つばさ「・・・そ、そんな・・・」

疲労と精神的なショックで、そのままつばさは気絶する。
倒れたつばさを一瞥すると、見守っていた見習い達に視線を向ける。

サキ「・・・あなたとあなた・・・」

サキに呼ばれたらんとくるみは反射的に背筋を伸ばし、裏返った声で返事をする。

らん・くるみ「「は、はい!(なの!)」」
サキ「・・・この娘の手当てをしてあげなさい・・・方法は・・・知っているわね・・・?
   ・・・残りの者は走り込み50km・・・」

 

 

つばさ「うう、う〜ん、あれ?ここは・・・」
らん「あ!やっと気が付いた・・・」
くるみ「大丈夫?つばさちゃん?もう夜中なの〜」

救護室のベッドで目を覚ましたつばさを、心配そうに見つめるらんとくるみ。
驚いたつばさが半身を起こして窓の外に目をやると、もう夜分であった。

つばさ「そ、そうだ、教官に基礎ばかりだって文句をいったら・・・
    なぜか売り言葉に買い言葉で組手をする事になって・・・
    うっ、いたた・・・体中が悲鳴を上げているよ」

傷だらけのつばさを見て、くるみが憤然としている。

くるみ「あの教官、厳しすぎなの!プンプンなの!」
つばさ「くるみ・・・」

昼間の組手をつばさは思い出していた。
実力の1割も出していないサキに徹底して翻弄され・・・
特にダメージを受けた訳でもないのに半日以上も寝込んでしまった・・・

つばさ「いや、確かにこのままじゃ・・・ご主人様どころかボク自身すらも守れないよ」
らん・くるみ「「つばさちゃん・・・」」

つばさから出たのは冷静な、己を知った者の言葉であった。
だが意を決したように叫ぶ。

つばさ「でもね、このままじゃ終わらせられないよ!
   早く一人前の守護天使になって、教官を見返してやるんだ!」

その前向きな言葉にらんとくるみは微笑む。

らん「そうね・・・その意気よ!」
くるみ「一緒にガンバロー!!なの〜」

しかし翌朝・・・
サキは姿を見せず、変わって以前と同様にムサ婆が教壇に立っていた。
ムサ婆の話によると、サキは急に別の任務が入ったらしい。
多くの者が一様にほっとしたような表情をする中、らん達だけは複雑な表情を見せていた。
もちろん、少しは訓練が楽になるかも、といった甘過ぎる考えは当然見抜かれていた。
サキが作成した膨大な訓練メニューは、そのままムサ婆に託されたのである。
そこには各々の弱点・補強ポイント、さらに適確な助言、一人一人異なる、詳細な訓練メニューが組まれていたのである。
その内容の適確さ・詳細さに言葉を失う見習い達。
改めてサキの、厳しいだけではない凄さを思い知らされていた・・・
以降の訓練は愚痴を言う者はあっても、不平・不満を洩らしたり、怠けたりする者は一人もいなくなった。

この訓練によって多くの者が守護天使としてご主人様との再会が叶うまでに成長した。
らん・つばさ・くるみの三人も、サキに示された訓練をする事によって大きく成長する事ができた。
だがそれ以来、教官・サキの消息は、杳として知れなかった。
一人前の守護天使となってご主人様と再会できてからも、それが心残りになっていたのである。

〜回想終了〜

 

少し気まずそうならん・つばさ・くるみ。
両者を見比べ、怪訝な顔をする他の10人。

ゆき「お知り合いだったのですか?・・・申し遅れました、私は・・・」

自己紹介をしようとするゆきをレオンは制する。

レオン「ああ、君達の事は知っている。自己紹介は不要だ」

護衛の対象について事前に調べる事は、アルファベットがAから始まる事くらい基本的な事である。
とはいえ、挨拶もそこそこに本題に移るという事は、かなり状況が切迫している事を示していた。
その事に気付いたのは、ゆきとあゆみだけであったが・・・

レオン「おっと、こっちは自己紹介が必要だったな。
    俺は鳩のレオン。サキの補佐官を勤めている。
    さて、ご主人はかなり性質の悪い、魔物・・・と言ったらいいのかな、それに狙われている。
    だから、元凶を元から断たなきゃあいけない。そこでだ・・・」

レオンは迎撃計画を発表する。
・・・だが内容を聞くにつれ、青年の顔つきがだんだん険しくなり、結論を聞かされた青年は顔色を変えて反発する。

青年「待ってくれ!それじゃ、みんなが危険すぎる! なにか・・・そうだ! どこかに避難するとか・・・」

青年のその言葉にあかねが首を横に振る。

あかね「私達の事を想ってくれるのは・・・すごく嬉しいよ。
     でもそれは・・・できない・・・
     さっきの占いで出たんだ。『逃げれば、破滅あるのみ』って」

一方で、納得がいかないのは年長の守護天使も同様であった。

ゆき「私達も戦えます!それは本来私達の務めですから・・・」
レオン「ご主人、無論俺達が全力で迎撃する。文字通りに、全力でな。
    それと・・・守護天使の君達には防御に徹してもらいたい」
みか「どうして?!みかたちはご主人様の為に・・・」
サキ「・・・あなた達の力量では・・・私の足手まといになるからよ・・・」

ゆきやみかの主張に対してサキは非情な程、きっぱりと言い切る。
ゆき達全員が思わず絶句してしまったのを見て、レオンが言葉を続ける。

レオン「残念ながら・・・その通りだ。その為に俺達が派遣されたのだからな。
    この計画に賛同してもらわなければ、ご主人や君達を護り切る事は困難、いや、無理だ」
あゆみ「し、しかし・・・」
もも「あ、あの・・・ももは・・・信じてもいいと思います・・・」

驚いてももを見る青年。

もも「こ、この方、ちゃんとご主人様のことも考えてくれていますし・・・
   ももや・・・るるちゃんが戦いが苦手な事も・・・」
るる「ほぇ?」

良く解っていないるる。

らん「教官のおっしゃる事は、最終的に常に的を得ていました・・・」

らんの言葉に深く頷くつばさとくるみ。

みどり「この方、強そうれす。この方に任しておけば間違い無いれす」

みどりの直感はこの方に任せろ、と告げていた。

ゆき「そうですか・・・たしかに私達では力不足かもしれませんね」

そして全員の心はあかねの台詞に集約されていた。

あかね「ご主人様を護る為なら、どんな事でもやるよ・・・これも運命だよね・・・」

≪運命≫という言葉にサキの眉が僅かに反応する。しかし気付いた者は誰もいなかった。

レオン「決まりだな。サキ!」

サキは何事も無かったかの様に小さく頷くと、青年と守護天使達12人をレオンとで挟み込むように、端に移動する。
そしてレオンと共に13人に向けて右手をかざし、精神を集中させる・・・
床に幾何学文様の移送方陣が浮き出て15人を包み込む。
次の瞬間にアパートから15人全員の姿は消えていた。


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