死の先に在るモノ

第2話「教育者」(インストラクター)

ここは、めいどの世界。
その一画にある施設、夕日の照り付けるそこでは、何やら大勢の守護天使が運動のような事をしていた。
その服装から推測するに、彼女らは正規の守護天使ではなく、まだ正式に階級を得る前の見習い達であるようだった。
その訓練の様子は、比較的和やかな……良く言えば『和気藹々』、悪く言えば『だらけた雰囲気』であった。
何故なら、体を動かしている者がいる一方で、全く運動をせずに雑談に興じる者も多数いたのだから。
だが、その見習い達を指導すべき教官の姿は見えない。どうやら、今は自主訓練の時間であるらしかった。

その見習い守護天使達の訓練所と、訓練の様子を横目で見ながら、一人の守護天使が早足で歩いていた。
その守護天使……正確には、守護天使が神格を得た存在である『大天使』……彼女は、勝手を知っているのか、迷う事無く幾つかある建物の中の一つへと入り込む。
その建物は、見習い達を鍛える任務に就いている教員達の詰め所であった。


女性は、そのまま奥の一室へと進み、ある部屋の前で立ち止まる。そしてドアをノックをする。

???「開いておるぞ」
女性「……失礼致します……」

中からの声に導かれるように、彼女は静かにドアを開ける。
と、そこには一人の、高齢の女性守護天使が、書類になにやら記帳していた。
その来訪者の顔を確認したこの部屋の主は、破顔する。
対する来訪者の女性も、微かに微笑み返す。そして、着任を告げる。

サキ「……七級神・白鷺のサキ、召致に応じました……」
ムサ婆「おお、来たか……久しぶりじゃな」
サキ「……お久しぶりです……」
ムサ婆「相変わらず、因果な事をしておるのか?」

そう問われても、サキの表情には目立った変化は無い。ムサ婆の目を逸らさず、確固たる信念を込めたように、はっきりと告げる。

サキ「……誰かが……やらなければならない事ですから……」
ムサ婆「そうか……変わっておらんのう……」

この言葉、ムサ婆にとっては、サキが自分自身に言い聞かせている、全く根拠は無いが、そう確信できる物であった。
それは、かつて……そう、サキ自身が見習いだった頃と比べても一寸も変わっていない、他人への優しさと自分への厳しさ、強固な責任感に裏打ちされた物であった。
また、以前……4年程前に偶然再会した時に見せていた『全てを拒絶するかのような刺々しさ』が消え、比較的穏やかな表情をするようになっていた。
そんなサキに対し、ムサ婆は感慨深げに言葉を紡ぐ。

ムサ婆「お主が天界に戻ってきてから、もう4年になるかのう……月日が経つのは早いものじゃ」

そこから一転、ムサ婆は、サキをからかうかのように、悪戯っぽい顔付きになる。

ムサ婆「ところで、聞いておるぞ。お主の『鬼教官』ぶりは」
サキ「……そんな……止して下さい……私は……あのような指導しかできないのですから……
   それに……たった一回……しかも短期間だけですし……」

サキは照れたように顔を背け、次第に小声になる。
以前サキは、こことは別の施設で臨時教官の任務を引き受けた事があったからだ。その時の『鬼教官』ぶりは、教育任務に就く守護天使達の間で、半ば伝説になっている。当然、ムサ婆も、その事は聞き及んでおり、その評判故に、サキを招致したのだった。
照れるサキの様子を、微笑みながら眺めていたムサ婆であったが、次の瞬間、真顔になってサキに問い掛ける。

ムサ婆「ところで、来る途中で見たじゃろう? 見習い達を。あ奴等をどう思う?」
サキ「……どう思う……とは……?」

その、サキの返答を聞いたムサ婆は、自分の失態に気付いた。サキは意外と鈍い所が有ってあまり機転が利かない事、謎掛けのような問答が苦手だった事を。
今のサキは、昔と比べて雰囲気が大きく変わってしまっていた。だが、彼女の本質的な部分は、昔と何ら変わってはいなかった。それを、ムサ婆は何より嬉しく感じていた。

ムサ婆「ああ、言い方が悪かったな。戦闘・護身術の能力のことじゃよ」
サキ「……全く駄目ですね……」

具体的な質問をした途端、間髪居れずに即座に答えが返ってきた。
これには、ムサ婆も苦笑するしかない。

ムサ婆「ふふっ……お主と比べるのも酷じゃが、はっきり言うのう……。で、どの辺りが駄目なの
     じゃ?」
サキ「……基礎体力……これがなってませんね……」

言葉を続けて良い物かどうか、サキは数秒間、躊躇うように口篭っていたが、意を決したように口を開く。

サキ「……ここに来る途中で見たのですが……あの見習い達……体力もですが……教えを受け
    る態度に問題がありますね……それに……守護天使としての心構えも……少々欠けている
    ように思うのですが……如何でしょうか……?」

そのサキの躊躇いがちな、だが今の見習い達が抱える問題点を余す所無く指摘した言葉に、ムサ婆は苦笑しながらも満足げに微笑む。

ムサ婆「ふぅむ、あ奴等め、やはりそうなりおったか……しかしサキよ、見習いどもの様子をそこ
     まで正確に判断できるとはの……お主はワシの見込んだ通りじゃったな。そこでじゃ、
     お主の鬼教官ぶりを見込んで頼みがある。しばらくの間、あ奴等には護身術の稽古に
     専念させようかと思う。その指導教官役は、全面的にお主にまかせる。遠慮なく、ビシバ
     シとしごいてやってくれ」

そのムサ婆の言葉に、サキは不審気な顔をする。

サキ「……お言葉ですが……ムサ婆様のご指導には、何の問題も無いかと思われます……
   それを差し置いて……私に護身術の訓練をさせるというのは……」

サキの言葉に、ムサ婆は嬉しそうに、だが少し寂しそうに笑う。

ムサ婆「嬉しい事を言ってくれるのう……しかし、ワシももう歳じゃからの。流石に若いモンに力で
     は敵わない事も多くての……だもんで、お主が指摘した通り、護身術の稽古が中弛み気
     味なのじゃよ。見習い達は気付いておらんようじゃがの。その点、お主が教官を務めてく
     れれば、あ奴等にも良い刺激になるじゃろうて」
サキ「……何と……そうでしたか……ならば否は無いですが……私のやり方では……潰してしま
    うかも……しれませんよ……?」
ムサ婆「そうなったなら、それはそれで仕方ない。稽古程度で潰れてしまうようでは、どの道、主殿
     をお守りすることなどできん」
サキ「!!」

そのムサ婆の言葉に不意を突かれたのか、サキの顔色が変わる。元々感情の起伏が乏しかった表情が、それとはっきり分かる程、ショックを受けたように一瞬で青ざめたのだ。
そんなサキの様子の激変に驚きつつ、ムサ婆は労わるように言葉をかける。

ムサ婆「お主……まだ、あの事を引きずっておるのか? 確かに、無理もない話じゃが……」
サキ「……大丈夫……です……もう……あの頃のように……弱くありませんから……!」
ムサ婆「そうか、では明日から、頼んだぞ」
サキ「……了解……しました……それでは……見習い達の様子を見てきますので……これにて
    失礼させて頂きます……」

サキは一礼すると訓練所へと歩いて行く。
その後姿を見送ったムサ婆は、見ていられないとばかりに大きく首を振ると、深く溜め息をつく。

ムサ婆「未だに克服……できておらんようじゃな。強がってはいたが……。それにしても、いつまで
     続けるつもりかのう。あのようなことを……」


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