清水の会社から出たみさきは、駅近くにあったブティックに寄ってみた。
普段は守護天使の能力もあってあまり服など買わないが、清水は気を使ってたまに服を買いに連れて行ってくれる。
みさきくらいの年代の少女たちで多少のにぎわいがある店内で、
彼女は適当に服を選ぶと店員に「試着させてください」とことわってから試着室へ入った。
しかし選んできた服はハンガーにかけたまま、みさきは、ぽんっと守護天使の能力で、
選んできたのよりずっと大人っぽい、さっき清水と一緒にいた女性が着ていたようなスーツに服を変えた。
「…………やっぱり全然似合わないよね……」
しばらく鏡に写った自分のその姿を見ていたみさきは、ほうっとため息をつく。
たしかにみさきは類まれな美少女で、どんな服でもよく似合うが、
多少童顔なので、全然とは言わないまでもこの手の服はあまり似合わない。
そのまま服を元に戻し、店員に断ってから店を出た。
電車に乗ろうとして気が変わったみさきは、午後も遅く、夕方に近い家への道のりを、とぼとぼと歩きはじめる。
歩きながらもさっきの清水と女性との対話が目に何度も浮かんでしまう。
「ご主人さまのあんな顔……はじめて見た……」
相手の能力や人格に対する信頼あってこその厳しいあの表情。
自分に向けてくれる温顔ややさしさがご主人さまのすべてだと思っていたみさきには、いささかショックだった。
「わたし……まだまだ全然ご主人さまに信頼されてないんだ……」
それは少し違うのだが、みさきの誤解も無理からぬことだった。
そしてもうひとつ、いままで薄々ながら感じていたご主人さまへのもうひとつの感情を、
清水の周りには自分以外の女性もいるのだという事実をあらためて知ったことで強く自覚してしまい、みさきはさらに戸惑った。
「でも………それって……だめだよね…… だって…わたし……守護天使だし……全然子供だもん…… それに……ご主人さまには……奥さまがいるし……」
だがその想いをみさきは必死で否定して抑え込む。
妻を亡くしたときの清水を憶えているみさきには、自分の想いを素直に表すことはできなかった。
「…………よし!」
頭の中でぐるぐると様々な想いがめぐり、混沌としてきたところでみさきは軽く自分の頬を叩き、大きく息をついた。
「わたしは守護天使でご主人さまをお守りするためにやってきたんだから、いまはそれをしっかりやってればいいの! うじうじ悩まない! よし決まり!」
強いて自分を発奮させると、みさきは今日の夕食のために近所の商店街に向かった。
それから二週間ほどした夕食どき、みさきは清水から尋ねられた。
「みさき、この前の礼をしようと思うんだけど、どこか行きたいところとかあるかい」
「この前って……この前のおつかいですか?」
「うん、そうだよ。ちゃんと礼をしてないだろう?」
今日の夕食は、ご飯に茄子の味噌汁、マグロのステーキにアスパラガスのソテー、トマトの冷製スープにオクラとひじきのサラダで、
清水のもとへやってきたときに比べ、みさきの料理のバラエティは飛躍的に増えている。
また、トマトの冷製スープは最近の清水のお気に入りで、一日おきには食卓に並んでいた。
「そんな……あんなこと全然、お礼をしてもらうようなことじゃないですよ」
「まあそう言うな、最近どこにも連れてってないしな。そのことも含めてだよ」
「そんな……」
うれしさに頬を赤らめてうつむくみさきだったが、
それ以上は清水の好意に対する感謝からも、その他の自分の感情からも、拒むことはできなかった。
「それじゃ……今度の日曜日に近所でやる花火大会に行きたいです」
「花火か、そういえばやるんだったな」
「はい、わたしこっちに来てからまだ一度も行ったことが無……」
そこまで言って、みさきはあわてて口をつぐんだが、清水は罰が悪そうに苦笑いした。
「そうだったな、おれが気がつけばよかった、ごめん」
みさきは自分からこうしてほしいと清水に頼むことはほとんどない。
まして自分のことについては皆無と言っていい。
それはみさきの美点ではあるが、それだけにそういうことはご主人さまである自分が気づかなくてはならない。
そのことはわかっている清水だが、それでもこういう疎漏はままある。
「そ、そんな、わたしこそすいません、そんなつもりで……」
恐縮して、文字通り縮こまるみさきだったが、清水は笑顔の種類を変えて朗らかに笑う。
「わかってるわかってる、だからそんな小さくなるな。悪いのはおれなんだし」
「そんな……」
「わかったよ、それじゃお互い悪くないということで、それじゃ日曜日に一緒に行こうか」
「………はい」
朗らかな笑顔の清水にほだされて、みさきも健康的な笑顔に戻った。
それから日曜までの数日、みさきは家事の最中も舞い上がってしまい、
時折いつもでは考えられないような失敗もして、そのことは落ち込んだが、
それでも浮つく心を抑えることはできなかった。
「♪どっんな浴衣にしようかな〜〜」
と、毎晩自分の部屋の床にカタログやファッション誌をいくつも並べて広げ、鏡の前で様々な浴衣に変化させてゆく。
「買ってやってもいいんだが……これだと返って邪魔かな」
たまたまみさきの部屋の前を通りかかった清水は、
これも舞い上がって扉が少し開いているのに気づかない一人ファッションショー中の彼女の様子に苦笑したが、
賢明にもなにも言わずに通り過ぎた。