盛夏の祝福

みさきは学校を卒業してからは、一日中、嬉々として家のことをするようになった。
学校に通ってたときより、むしろいまの方が活き活きとしていて、

「♪うれしいな〜、うれしいな〜、ご主人さまの、た、め、に〜 一日全部使えます〜」

などと、もう卒業して一年以上経っているのにもかかわらず、
こんな即興の歌を歌いながら家中をくるくると動きまわり、掃除洗濯はもちろん、
納屋や押入れ、物置等の整理、庭の草むしりや手入れ、場合によっては模様替えなど、
すべての仕事終わっても、わざわざ別の仕事を探し出して働き続け、
清水が「いいからちょっと休みなさい」と苦笑まじりに休憩させるまで動くのをやめようとしないのだ。
ついでに清水は「みさきは歌のセンスはあまりないみたいだな」と内心で苦笑したりもしている。
それはともかく、そういうみさきだけに、

「いいかい、十時半と三時には、なにをしていても一旦やめて休憩を最低三十分は取るんだよ。お昼にはもちろんちゃんとご飯を食べること。それも一時間はたっぷりかけなさい」

と、わざわざ釘を刺してから出かけるのが出勤前の清水の習いになってしまった。

「はい、わかりました」

とみさきは答え、ご主人さまの命令だけに必ず守るのだが、
本当はご主人さまがいない時間こそ、休まず身体を動かしていたい。

「だって、ご主人さまいなくて寂しいんだもの……」

それはやはりみさきたち守護天使にとって、かなりのものなのだ。
が、七月某日のその日は、少し様相が違っていた。清水の会社から自宅に電話があったのだ。

「はい、清水でございます………あ、ご主人さま! どうなさったんですか」

パッと明るい顔になるみさき。だがそのすぐあと、ちょっと心配になる。
清水は仕事を家に持ち帰ることがまったくなく、
朝に家を出てから帰宅するまでみさきに連絡をしてくることもまれだった。
たまに「今日は外で食事をしよう」と電話をしてくることはあるが、
それもだいたいは朝にそう言い置いてから出勤する。
みさきが先に食事を用意してしまわないようにである。
だからみさきは突然の清水からの電話に少し驚いて、「なにかあったのかしら」と不安になってしまった。
たしかになにかあったから清水は電話をしてきたのだが、だがそれはみさきが心配するようなことではなかった。

「みさき、すまないんだけどおれの机の上にある書類袋、こっちまで持ってきてくれないか。今日は必要ないかと思ってたんだけど、急に要るようになってね。いまおれはここを動けなくて、かといって誰かを取りにやらせるのもね」

清水は社長だが、これは世襲でのことで、また年齢も若く、
人望という点で社員に認められているかいまひとつ自信が持てずにいる。
実際は社長に就任してから業績は、急成長とまではいかなくても安定しており、
また社の将来への展望もきちんとしていて、そのことを社員全員に浸透するように気を使っているので、
清水自身が考えるほどに彼は周囲から軽んじられてはいなかった。
むしろグループ内の次代のエースと目されているのだが、そこまでは清水は自分を買いかぶっていない。

「わかりました、それじゃすぐにうかがいます」
「うん、すまない、頼む。道、わかるか? もしわからなかったらタクシー使ってかまわないし……」
「大丈夫です、わかります。それじゃすぐにうかがいますね」

そう言って電話を切ると、みさきは清水の部屋がある二階へ軽い足音をさせて駆けあがり、
机の上に置いてあった書類袋を手に取ると、リビングへ降り、財布を手に玄関へ行き、靴を履こうとしてはたと気づいた。

「さすがにこれじゃまずいよね」

手軽なブラウスとスカート姿の自分にぺろりと舌を出すと、
みさきは軽い音と煙をあげて自分の服をシックなワンピースに変化させる。

「こういうとき守護天使だと便利だね」

笑ってそう独りごちて、みさきは家を飛び出した。


P.E.T.S & Shippo Index - オリジナルキャラ創作