盛夏の祝福

「うん、よくがんばったな」

二年生の二学期の終了式の日、もらってきた通知表を見る清水を緊張のおももちで見ていたみさきは、
笑顔でそう言う清水にぱっと顔を明るくした。

「ほんとですか? ちょっと数学が悪かったから…」
「それでも赤点じゃないし、及第点だ、問題ないよ。これだったら大学受験も心配なさそうだね」

安心したように言う清水に、ちょっときょとんとした顔でみさきは言った。

「大学なんていきませんよ、わたし」

その答えに清水も、ちょっと驚いた顔を向ける。

「いや、でもせっかくだし、行けるなら行っておいたほうがいい経験になると……」
「もう学校はいいです。いえ、もちろん学校は好きですけど、もういいです。学校を卒業したら今度こそ一日中、ご主人さまのために働きたいです」

しっかりと清水の目を見て、みさきははっきりと自分の気持ちを告げる。
それを見て、清水は苦笑いと照れ笑いがまざった笑顔を浮かべた。

「やれやれ、いまどき遊ぶより家のことをやりたいなんて娘、そうそういないぞ」
「家のことじゃないです、ご主人さまのためになることをしたいんです」
「……そうか、わかった。それじゃお前の好きなようにしなさい」

苦さと照れに穏やかさを混ぜた笑顔で、清水は通知表をテーブルに置き、立ち上がった。

「よし、それじゃ今夜は『みさきちゃん、二学期おつかれさまパーティー』といこう。食事に出かけるから準備しなさい」
「え、でも……」
「学校を卒業したらいくらでもできるんだから、今日くらい家事はおやすみでも構わないだろう?」
「……はい、ありがとうございます、ご主人さま」

自分も椅子から立ち上がると、みさきはかわいらしく頭を下げた。

 

 

「ただいまっと……」

みさきの卒業式から帰ってきた清水は、この日のために用意しておいた取って置きのブランデーを取り出し、
一人静かに祝杯を挙げようと、スーツを脱いでネクタイをはずしただけの姿でソファに腰かけた。
みさきとは式のあと、学校で少し顔をあわせて自分は先に帰るつもりだったが、
当のみさきが「兄さん、今夜の夕食はなにがいいですか?」と、そのまま一緒に帰ってこようとするので、
「最後なんだから今日は友達とゆっくり別れを惜しんでおいで」と無理矢理友達のところへ押しやった。
ちなみにこの「兄さん」という外での呼び方を決めるとき、清水は、

「みさきとは十五近く離れてるのに『兄さん』はあつかましいかなあ、『お父さん』の方がいいかなあ」

などと少し真剣に悩んだのだが、「ご主人さまはお若いですからお父さんなんて呼べません」
とみさきが笑って言ってくれたので、好意に甘えることにしたのである。

「まったくあいつは……今日みたいな日までああだもんな……ありがたい話ではあるけどね……」

あたたかな想いを混ぜた苦笑でブランデーの瓶をかたむけ、グラスを手に取ると、ゆっくり、深くソファの背にもたれる。

「では……あとでもう一度、みさきと一緒に乾杯するとして……いまはおれだけで……」

と、グラスを掲げて乾杯の仕草を取ろうとした瞬間、
「ただいま戻りましたー」と玄関からみさきの声がしたので、思わず清水はずっこけそうになった。

「みさき…… 今日はさすがに友達と一緒にいないといけないって言ったのに……」

卒業証書を入れた筒だけを持ち、
いつものブレザーの胸に小さな造花をつけているみさきがリビングへ入ってきたところへ、清水は少し渋面を作って言った。
が、みさきも困惑を乗せた苦笑を返す。

「わたしもそのつもりだったんですけど……その、みんなが早くご主人さまのところへ帰りたいんでしょうって……」

これは皮肉や嫌味ではなく、
みさきが養父を心から慕っていることを知っている友達が、
今日みたいな特別な日には、やっぱり「兄さん」と一緒にいたいだろうと気を使ってくれたのだ。

「その代わり卒業旅行ではみさきを独り占めさせてね」

と、笑って背を押して、彼女たちはみさきを追い返したのである。

「……そうか、いい友達を持ったな、みさき」

それを聞き、さすがにまた苦笑いをした清水は、みさきの手をやさしく引いて自分の隣りに座らせた。

「卒業おめでとう、みさき。たった二年の高校生活だったけど、楽しかったかな」

グラスをテーブルに置き、やさしく尋ねる清水に、みさきは満面の笑みでうなずく。

「はい、とってもとっても楽しかったです。これも全部ご主人さまのおかげです。これからはそのご恩をお返しするためにも、がんばりますね」
「そうか、ありがとう。でも今日はみさきが主役だ」

やさしくみさきの髪を撫でると立ち上がって冷蔵庫からジュースを出し、
「あ、わたしが……」と立とうとするみさきを制してグラスに注ぎ、それをソファの背越しに彼女に手渡して、
自分も手を伸ばしてブランデーが入ったグラスをテーブルから取り上げると、もう一度祝いの言葉をかけた。

「卒業おめでとう、みさき」
「ありがとうございます、ご主人さま」

笑顔を交わし、澄んだ音をさせながらグラスをあわせて乾杯する二人だった。


P.E.T.S & Shippo Index - オリジナルキャラ創作