清水を待つ三十分は、正確には三十八分だった。
人はみさきがやってきたときに比べてかなり増え、少し背伸びしないと遠くが見えない。
それでもみさきがご主人さまを見逃すことなど、絶対にありえなかった。
「あ! ごしゅ……兄さん! こっちです!」
雑踏の中で鳥居の方をキョロキョロと眺めながらみさきを探す清水を見つけたみさきは、
心の中でずっと「ご主人さま、なにやってるかな、ご主人さま、いつ来るかな」と「ご主人さま」を連呼していたため、
つい口にも出そうになったが、ギリギリで踏みとどまると、彼に向かって大きく手を振った。
それを見て、清水も明るい笑顔になって人ごみをすり抜け、みさきの元へ駆け寄ってきた。
「ごめんな、みさき、待ったか?」
清水にとっては当然の質問だが、みさきは「きゃぁぁあああっ! 言ってくれた、ご主人さま!」とばかりに、
「いいえ! わたしもいま来たところですから!」
と、デートの待ち合わせにおけるゴールデンパターンの返事をうれしそうに力いっぱいした。
「そ、そうか、それならいいんだけど……どうしたんだ、いったい? やたらとテンションが高いみたいだけど……」
その満面の笑顔とハイテンションのみさきに、少したじたじになった清水が尋ねるが、
彼の守護天使はにこにこしたまま当たり前のように答える。
「それはもちろんです、兄さんと一緒に花火が見られるんですから!」
「そ、そうか……まあいいか、それじゃ行こうか」
まだ少したじたじになっている清水だったが、
元気がないよりあった方がいいのは当然なので、あまり気にせずにみさきをいざなった。
「はい! ………あっ」
うきうきと元気よく清水についていこうとしたみさきだったが、履きなれない下駄に少しバランスを崩してしまった。
ここに来るまでは多少意識をして、気をつけて歩いていたのだが、
「デート」に舞い上がってしまったため注意をおこたったのである。
そんなみさきを清水はすばやく支える。
「あ…………」
自分の腕と腰にそえられたご主人さまの手に、みさきは顔を赤らめる。
「大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です、ごめんなさい……」
やさしく尋ねられ、恥ずかしくなってあわてて離れようとするみさきだったが、清水はそんなみさきの手を取る。
「あ……ご主人さま……?」
「また転んだら大変だからね、今日はこうしていよう」
微笑んで自分の手を握ってくれる清水に、みさきは恥ずかしさがさらに増すが、それでも手を離すことはもちろんしなかった。
「………はい」
「うん。ああそうだ、そういえば言い忘れてたけど……かわいい浴衣だね、みさき。よく似合ってるよ」
「あ…………」
新しい恥ずかしさとうれしさが混ざり、みさきの顔はますます熱くなる。
そんなみさきを知ってか知らずか、清水は一度彼女の手を離すと、ポケットから小さな箱を取り出し、彼女の手に乗せる。
「ちょっと遅れちゃったのはこれを買ってたからでね……その浴衣に合うのを選んだつもりなんだけど……」
「え…………」
あまりの意外さとうれしさに少し口を開けるようにして自分を見上げるみさきに、
清水は小さく笑いながら「開けてごらん」とうながす。
「あ………は、はい」
言われて赤面し、みさきは急いで箱を開ける。
「あ…………」
中に入っていたのは楓の花をかたどった簪(かんざし)だった。
「クリップみたいに挟みこめるものらしいからね、みさきの髪でもつけられると思うんだけど……どうかな、気に入ってもらえたらうれしいんだけど」
しばらく手の中にある楓のかんざしを見つめていたみさきは、
ゆっくりと顔をあげ、潤んだ瞳で清水を見上げた。
「わたし………うれしいです……ほんとに………とっても………ありがとうございます………ご主人さま…………」
小さな、ささやくようなその声は、あまりに感情があふれすぎて返ってそうなってしまっている。
清水のことをご主人さまと呼んでしまうこともそうだ。
そのことがわからないような男には、守護天使のご主人さまは務まらない。
「そうか、よかったよ、喜んでもらえて」
にっこり笑ってそう言うと、清水はかんざしを手にとって、みさきの髪につける。
「うん、よく似合うよ、みさき」
「ありがとうございます……ご主人さま……」
鏡がないので自分で見ることはできないが、
そっとかんざしに手を触れながら、みさきは潤んだままの瞳で清水に礼を言った。
その瞳を様々な想いのこもったやさしい目で見つめ返し、清水はみさきの手をもう一度取った。
「じゃあ行こうか」
「はい………」
祭囃子(まつりばやし)の音が響く神社で、二人は互いの手を握り合って、人ごみの中へ入っていった。