「死の先に在るモノ」 ショートストーリー 

チェンジ!

そうこうする内に、大病院に到着する。
受付でイリノアにアポを取ろうとすると、朝一で訪ねて来る事を予想していたらしく、そのまま研究室に案内される。
そして、案内されたレオンに抱き抱えられていたサキを見て、イリノアは腑に落ちた表情で微笑む。

「やあ、待ってたよ。やっぱり彼女は君の所に行ってしまっていたようだね。おっと、最初に言っておくと、その子は間違いなく、君のよく知る『白鷺のサキ』当人だよ」

当のサキは、自分の名前が呼ばれた事に頓着せず、レオンの腕からすり抜けると、興味津々な表情で研究室内を見渡していた。

「……やっぱり当人だったか。しかし、何だってこんな事になったんだ? 『待って』たって事は、心当たりがあるって事だろ」
「いや、大した事じゃない。ちょっとした計算違いでね」

何食わぬ顔で語るイリノアだったが、レオンはその顔に一瞬冷や汗が浮き出ていたのを見逃さなかった。

「やっぱり元凶はお前かぁぁぁぁぁぁ!!」

凄まじい剣幕のレオンに、イリノアは思わず後ずさりながら、言い訳じみた謝罪を口にする。

「す、すまなかった……」
「すまんで済むかぁぁぁぁぁ!!」
「だからこうして、元に戻す為の準備を整えて待っていたんじゃないか……それに、君の部屋に彼女が現れた事だって、彼女が君を深く信頼している証だと思うけどね」
「? 信頼? それとこれとどんな関係があるんだ?」

『元に戻す』という言葉に、レオンの怒りも冷めたのか、サキがレオンの部屋に出現した理由に興味を示したのかは定かではないが、詳細な説明を求める。

「まず、今の彼女は、石柱の中に居た頃の彼女と、心も体も入れ替わった状態になっているんだ。というのも、昨日の実験は、精神を一時的に若返らせて、彼女のトラウマを軽減させるのが目的だったんだ。まあ……それが失敗して、このような……身も心も幼児返りしてしまった訳だけど……。その時に彼女は本能的にテレポートを発動させたみたいなんだ。そして、そういった状況で……自分が危機に陥った際のテレポート先として真っ先にイメージしたのは、自分が信頼できる・安心できる人の近くだったみたいだね」

イリノアの指摘に、照れたように顔を背けてしまったレオンを微笑ましげな表情で眺めながら、イリノアは机の上に置いてあった封冠を指し示す。

 

「そこで、僕が彼女を元に戻す為に製作した封冠がこれだ。昨日の試験用封冠の機能のみを無効化する機能がある。これを彼女に被せれば、元に戻るはずだ。但し、これはまだ未完成なんだ」
「な! それじゃあ、何時完成するんだ?!」
「あと、2時間だね」
「は?」
「いや、実はこれ、既にほとんど完成しているんだ。後は、魔力を定着させるだけなんだよ。2時間というのは、魔力を定着させる為の時間なんだ。そういう訳だから、2時間程、どこかで時間を潰してきてくれないかな?」

レオンは溜め息をつくと、サキを呼ぶ。
様々な薬瓶や器具を夢中で眺めていたサキは、少し不満そうな表情見せたものの、レオンに歩み寄る。

「邪魔したな。2時間後にまた来る」
「あ、言い忘れていたけど……」

退出しようとするレオンとサキに向け、イリノアの声が追いかける。

「彼女のこの状態は、安定しているように見えて、非常に不安定な状況なんだ。だから、もしも彼女が意識を失う事があったら、急いで戻ってきてくれ。彼女の心身に、かなりの負担が掛かっている可能性が高いからね。まあ……取り越し苦労だとは思うけど、念の為に、ね」

 

大病院から退出したレオンとサキは、役所の世界の外れにある岩場に来ていた。
本来なら、誰も訪れないはずのこの場にレオンが来たのは、訳がある。
レオンは、病院内でサキを預かってもらおうかと考えたのだが、サキがレオンと一時的ではあっても別れるのを嫌がった為、一緒にいる事にしたのだった。

訓練施設からも大きく外れたこの場までやってきていたのは、やはり知り合いに会いたくなかったから、というのが大きい。実際、レオンの友人知人達にどんな解釈をされるか、どんな事を言われるか、それを考えるだけでもうんざりだった。

だが、最大の理由は、未だに怒り狂っているであろうセリーナから逃げ切る為でもあった。あの状態のセリーナの傍にいたら、どんなとばっちりが来るか分かった物ではなかったのだから。

もっとも、当のサキは、そんなレオンの想いなど想像すべくも無く、岩場に登ったり降りたり探検ごっこをしたりと無邪気に遊んでいた。
そんなサキを見て、レオンの顔も自然と綻ぶ。

思えばサキは、どんなに時であっても、張り詰めたような弓のような緊張感を心の何処かに抱いていたように思う。だから、これほど心穏やかな時間を過ごせたのは、少なくとも特務機関に入隊してからは、初めてかもしれない。サキの事を考えれば、このまま、幼児からやり直したほうが彼女の為にも良いのかもしれないな……だが、イリノアの警告を思い出して、レオンはその考えを振り払う。この状況は、あくまでも不自然な状況なのだから。

そんな物思いに耽っていたレオンに、岩場の上のサキから声が掛けられる。

「ねえ、レオンってば〜〜、一緒にあそぼうよ〜〜〜」

 


P.E.T.S & Shippo Index - オリジナルキャラ創作