血の十字架(ブ ラッディー・クロス)

「片手しか・・・使っていない?」

 バステラは呆然と聞き返した。
 片手で、ラギたち5人を・・・しかも、それで全員を一撃で、だと・・・? なんの、悪い冗談だ?

「間違いないのか? 俺には、攻撃の時のやつの動きはよく見えなかったが・・・」
「インとジンがあの男の両側を駆け抜けたとき、同時にあの男も体の向きを半回転させていました」
「ああ、そうだったな。だが、それが・・・?」
「片手の一連の動きで、両側を走る二人の首を切ったため、ああなったわけです」

 バステラはうなり声を上げる。

「むう、なるほど・・・そうだったか——だが・・・」

 だが、なぜだ? それが事実として・・・それが可能なほど、やつの強さがとんでもないものだったにしろ・・・だとしても、なぜ、そんなことをする必要がある?
 あらためて敵の方に目をやって、バステラは今さらのように気づいた。
 男の左手、手の甲から掌へ、また何本かの指にまでぐるぐる巻かれている、あれは・・・うす汚れてもう色も白くはないため、ずっと気づかなかったが——あれは・・・包帯?

「けがをしているのか? それで・・・」

 負傷していて、こんな戦いを挑んでくるということじたい、そもそもおかしいが、しかし、それなら、一応理由は・・・。

「いえ。それが使っていたのは、負傷しているように見える、その左手の方です」
「なに?」

 バステラは眉をひそめた。

「どういいうことだ、それは・・・」
「わかりません」
(フェイクか? けがをしていると見せかけて油断させ、実はそうではなく・・・いや、違うな)

 もしそうなら、たとえさり気なさを装ったとしても、負傷の様子を初めからもっとわかりやすく示していたはずだ。そうでなければ、自分がそうであるように、あれほどの強さを見せつけたあの男がまさかけがをしているかもしれないなどと、大半の者は思いもしないだろう。加えて、このプレッシャーに、あのスピード——GIAくらいの動体視力と冷静さを併せもつ者であってはじめて、それに気づく。今いる仲間の内でも、あとはせいぜいガルシアと衒志郎くらいのものか・・・目じたいはあっても、すぐ頭に血を上らせるアレクもむりだろう。それでは、フェイクにはなるまい。
 それに、今ではバステラは、この敵がそんな小細工を弄するような相手とは到底思えなくなっていた。その必要があるとも思えない。

「それと、もう一つ」

 GIAの声が続けた。

「その左手ですが、よくご覧ください」
「?」

 バステラは再び敵の手に視線を向けた。だが、先ほど見た時のまま、それ以上はなんの妙な点も見当たらない。薄汚れた包帯は——一度確認すると、確かに包帯のようだ ——かなりきつめに巻かれているようではあったが、今、身体の脇に下げられた腕の延長として、その包帯の覆っている手首から手の甲、その下から突き出した指の先まで、ごく当たり前の様子である。

「——どうかしたのか?」
「見ている限り、ずっとあの形のままなのです」
「ん・・・まさか! 攻撃のときにもか!?」
「インパクトの瞬間は、速すぎて自分にもよく見えないのですが、おそらくは・・・」

 バステラはさらにまじまじと敵のその左手の形を見た。
 拳ではなく、手刀でもない。自然な形で軽く曲がり、5本の指も揃えられておらず、間にすきまが空き、一本一本がばらばらである。つまりは、ただ手からいっさいの力を抜いただけのようにしか見えない。

「・・・あんな手の構えの格闘技もあるのか?」
「自分も精通しているわけではありませんが、およそあり得ません。あれでは、どんなに凄まじい勢いで腕をふるっていようと、その威力をまともに伝えられるはずがなく、むしろ、その勢いで逆にみずからの指が折れ、悪くすればちぎれ飛ぶような結果になりかねません——」

 だが、現実にはあれだけのことをしてみせた。ラギの顔面を砕き、インとジンの首を切り裂き、りき丸の後頭部を穿ち・・・リコは、なにをどうされたのか、よくわからなかったが、とにかく、それだけのことを——それぞれ、まったく別の効果をあの同じ、どんな力も入れられそうもない形の手で・・・?
 わからないことだらけだ。戦闘用には異様としか言いようがない手の形・・・いや、それ以前に、なぜその片手しか使わないのか? 傷を負っているのは、本当なのかそうではないのか・・・嘘ならば、なぜ? また、本当なら、どうして使うのがそちらの手なのか? 
 すべてが謎だった。このことばかりではない。あの男については、考えれば考えるほどわからなくなっていく・・・。
 自ら戦いを挑んできながら、今、さらに攻撃してこようとはしない。また、何かとてつもない能力を持ちながら、最初の銃撃のとき以外、使おうとしない——

「——いや、もういい」

 バステラは不意に思考を断ち切った。
 これ以上、わからないことをただ考えていてもしかたがない。
 敵について考えることは、むろん必要なことだ。こんな強敵なら、なおさら。どう戦うか、決めるためにも。だが、それでいたずらに時を費やすばかりではなんにもならない。危険は承知だが、それでもここは仕掛けてみるしかなかった。さらに攻撃して、初めて見えてくるものもあるはずだ。——何より、仲間の状態を見るに、もうこれ以上もちそうにない。

「やるぞ、GIA。“薄暮隊(ダスク)”の動かし方は任せる。攻撃の方法もタイミングも、いっさいお前の判断で構わん。奴とこちらの動きを見て、いいと思ったことをやれ」
「はっ」

 バステラの言葉に短かい返答が返る。
 だが、その時だった。

「キャップ。チーフ」

 澄んだ声が聞こえるとともに、バステラの後ろにいきなり一人の女性の姿が現れた。


P.E.T.S & Shippo Index - オリジナルキャラ創作