血の十字架(ブラッディー・クロス)

 ※

 ようやく、来るか——。
 いましばらく待って何の動きもないなら、揺さぶりをかけてみるつもりだった。と言っても、たいしたことではない。一歩か二歩、前へ踏み出す。それだけでも充分なはずだ。しかし、どうやらその必要もない。ほどなく、再び仕掛けてくるだろう。
 初めから少し離れた位置に立ち、仲間に指示を出していた男——前線の指揮官だろう—— は、その一方で、じっとこちらの様子をうかがっていたが、今その目にあらためて力がこもってきていた。そしてまた、奥まった部屋のようになった一画の内部でも、何人かの気が漲っている・・・。

 気配は、ずっとあった。
 ここに踏み込んだときから、すぐさま向かってきた者たちとはまた別に、敵の内部、奥の方でも何らかの動きが続いていた。
 だが、今にいたるまで表には現れない。
 予想より、ずっと冷静な反応——少なくも、指揮している者たちは落ち着きを失ってはいない。そして、その抑えが充分効いている。思ったより、統制の取れたまとまりのあるグループのようだった。
 言うなれば、組織としての強さを持っている。

 ならば、その強さを十二分に発揮させる。今、まわりにいる者たちひとりひとりの純粋な戦闘力は見るところ、最初にかかってきた5人よりまさる者はむしろ少なく、それらの者にしてもたいした違いではない。つまり、同じように向かってくるなら、まったく話にもならない。
 だが、あの指揮官やその上にいるような者なら、同じ轍は踏むまい。必ず、何らかの別の策を講じてくる。そのことで単体よりずっと力を出すというなら、出させてやった上で、それを受ける。
 しかしながら、どのような戦法で実力以上の力を表したところで、ここにいる者たちだけでは遙かに力不足なのは明らかだった。だが、そうした戦いになれば、その流れの中で、まだ表に現れないものたちも出てくるはずだ。そうなって初めて、目的に適う戦いにすることもできる。
 いまだ奥にいる者たちの中で、闘気として、特に大きなものは三つ。——まずは、その3人を引きずり出す。そして、叩き潰す。
 もはや、左手だけを使う意味もない。
 一応確かめてみたわけだが、やはりむだなようだった。

 攻撃に左手だけ使うことで、戦気のもっとも濃いところに、それを置いた。万が一にも、それで傷の具合に変化が表れる可能性も考えてのことだったが、いっこう何ら変わりはない。
 半ば以上は、予想したとおりの結果ではあった。そんなことで回復するぐらいなら、もうとうに癒えているはずだ。“あれ”に喰われたということは、そう簡単なものではないのだろう。おそらく、これはただの負傷などではない。
 一方、ことのついでに、この左手がどれだけ使えるかも試した。
 今、左手がだらりと完全に力の抜けたありさまなのは、他になりようがないためだ。動かせないのだから。拳に固めるために指や掌を曲げることも、手刀を作るために伸ばすこともできない。他のどんな形もむりだ。

 痛みのゆえではない。
 指や掌を動かすべき筋肉や腱、また神経が切れ、あるいは存在しないがために、物理的に動かすことができないのだ。手首までは何ともないが、その先はほとんど自由にならない。
 当然、この状態では戦闘には耐えない。そこで、気を通すことで、力を持たせた。それも、そのやり方によって、打撃、切断、刺突、そして、内崩と・・・そのくらいのことなら可能なのは、確認した。
 これならば、普段どおりというわけにはいかないものの、とりあえずは充分だった。少なくとも、今まわりにいる程度の連中相手には、たくさんだろう。
 さらなる強者が出てきた場合でも、さほど不自由は覚えないはずだ。——もとより、力を解放するなら、なんの問題もない。

 むしろ、そういった者たちが早く出てくるように仕向けるには、今までのような極端に限定的な戦い方はもうやめた方がいいかもしれなかった。試すことも終わったことでもある。どんな戦法でかかってくるにせよ、今度仕掛けてきたらそのまま、直接向かってきた者以外も含めてここにいる半数ほどは、始末してみせるべきか・・・。
 しかし、まず相手の出方だった。


P.E.T.S & Shippo Index - オリジナルキャラ創作