「ぐっ・・・!」
バステラのきつく食いしばった歯の間から、それでもうめき声が洩れる。
あまりの予想外の展開の連続に呆然と見守っているしかなかったが、時間にすれば、わずか十数秒にも充たない——「瞬く間に」、まさしく、そう形容するほかない間のできごとであった。しかも、バステラには、ところどころ敵の動きがよく見えなかった。
バステラは無策だったわけではない。
ああいう得体のしれない敵を相手に、ただ数だけ頼んで攻めかかかるのは危険を伴う。敵のことを何も知らないまま集団で攻撃して、それで仮に倒せたとしても、こちらも多大な犠牲を出すことになりかねない。必殺のはずの包囲銃撃にまったく思いもかけない反撃をくらって、銃撃をやめさせると共にバステラは戦法を切り替えた。
各々得意の攻撃方法を持つ者をぶつけて、それぞれの持ち味を生かしながら、相手の力を探る。むろん、ただ一対一で戦いを挑ませるような無謀な真似はしない。最初の者の攻撃の後、すかさず次の者が仕掛け、その次にはまた別の者が攻撃する。そうやって次々に攻めかかり、全体で息もつかせぬ連続攻撃の形とする。それで一人一人では仮にかなわないとしても、各人の攻撃法に簡単には慣れさせず、的を絞らせない。そのうえで、もし隙を見出せれば、そこで倒しにいく・・・そのつもりだった。
だが、一番手のラギが相手になにも攻撃を加えられないまま、逆に一瞬で倒されるという、信じがたいことが起こった時点で、半ばバステラの構想は崩れた。
それでも、向かっていった5人は単独でも、格闘戦に関してはいずれもかなりの力を持つ者たちではあったのだ。それが・・・。
(みな、やつに触れることさえできずに——しかも、全員がただの一撃で・・・? まったく、相手にもならん。格が違いすぎる、というのか・・・)
ラギの執念もイン・ジン兄弟の絆も、てつ丸の意地も そして、リコの決意も・・・なんの意味もなさなかった。
まわりを取り囲む他の仲間達の闘志はまだ衰えてはいないが、さすがに警戒して手を出しかね、にらみ合いの状態になった。
(いや、にらんでいるのはこっちだけだ。奴の方は・・・)
ただ冷然とこちらを見ている。たった今あれだけのことをしておきながら、汗すら滲ませず、息一つ乱すでもない。相変わらず、何事もなかったような平然とした様子で——だが、そのプレッシャーはさらに増し、ほとんど物理的に圧迫されるような気さえする。
口の中がからからになっていた。
(なんてことだ、たった一人を多数で取り囲んだ、絶対有利の状況にあるはずの俺たちの方が逆に気圧されるとは・・・)
衝撃、驚愕、恐怖、焦燥・・・さまざまな感情が心の内でせめぎ合い、荒れ狂う。だが、バステラはそれら以外の感覚が自分の心の根もとのところで重くわだかまり、次第に拡がっていくのを漠然と感じていた。それがどういったものなのか、まだ明確には認識していない。だが今、バステラの直感が何かを感じ取りはじめていた。
(それにしても、なぜ奴は自分からは攻撃してこない・・・?)
相手が攻撃してきたのなら、いやも応もない。それに対して何らかの対応を取らざるをえない。そもそも、こんなことを考えているいとまもない。
だが、この敵は向かってきた相手は容赦なく倒しても、それ以上自分から攻撃する様子は見せず、その場に静かにただずんでいるのみなのである。
(いったい、なにを考えて・・・?)
その時、バステラは見てしまった。目を合わせはしなかったが、氷よりも冷たいその瞳を・・・。耳の中に、はじめに聞いた声がよみがえった。背筋が凍りつく。
(まさか・・・あえて、向かってこさせたうえで殺すと——俺たち全員、そうやってなぶり殺しにするつもりだとでもいうのか・・・あれは、そういう意味で・・・)
ばかげている。そう思う。——それでも、相手のあの目を目にした今、一笑に付すことはできなかった。
※
怨敵たる呪詛悪魔への対応はひとつ。滅殺あるのみ。ただし、このグループがそうであったように、何らかの利用価値が見込める場合は、しばらく泳がせておくこともあり得た。が、それとても始末を少しばかり先送りにしたに過ぎない。こうして姿を現して直接対峙したときには、ただ断罪を実行するばかりであった。
しかし、今回だけはやや事情が異なる。ここに来た狙いは別にあった。ここにいる呪詛悪魔達には、全力——あるいはそれ以上の力をもって、こちらに立ち向かってこさせなければならない。そのため、必死になって反撃してくるよう追いつめる。それだけの圧力を加え続ける。かと言って、目的を果たす前、ろくに力を発揮させないまま潰してしまっては意味がない。反撃の態勢を整えるだけの余裕は与えておかねばならない。そのさじ加減がむずかしい。むろん、最終的には全員生かしておきはしはないが、ともかくも一挙に片づけるわけにはいかない。
とは言え、戦いにおいて手加減などというものはしたことがない。これまで、その必要も理由もなかった。また、かつて闘いの場に身を投じたばかりの頃にはそんな余裕もなかった。
今ならしようと思えば、できただろう。だが、そんなつもりはない。呪詛悪魔という存在は敵であるばかりでなく、それ以上に仇だった。たとえ現在では、多くの者が実力的には取るに足らぬものになろうとも、そのことに変わりはない。加減など、まったくの論外であった。
よって、当面、向かってきた者だけ斃すことにした。こちらからはあえて追わない。その間に、反撃の態勢を整えさせる。今まで向かってきた者達の中にはたいした者はいなかった。まったく役に立ちそうではなく、いてもいなくても同じようなものだ。もののついでに、今のこの手をどの程度まで働かせられるかいろいろ試してもみたが、基本的にそれらはすぐに倒してしまっても構わなかった。
だが、残った中のある程度の力の持ち主なら、それで警戒する。そして、そのうえでかかってくるからには、それなりの攻め方をしてくる。指揮する者にも一応の者がいそうでもあるし、使える手段はすべて使ってくるはずだ。また、仮にも仲間を何人も殺されたのだ、復讐心にさらに闘志を滾らせ、決死の覚悟で挑んでくることだろう。
そろそろ、そういう動きがあっていい頃合いだった。