血の十字架(ブ ラッディー・クロス)

 そのときには、りき丸がリコと相手の前後をはさんでいた。
 正面から向かっていったのはりき丸。短刀の柄を自らの腰のところでしっかり固定し、身を低くして体ごとぶつかっていく。
 洗練とはほど遠い、無骨そのものの攻撃だった。見た目通りただ突っ込んでくるだけなどというそれは、ある程度戦い慣れした者たちには、一様に軽侮の対象でしかない。

 しかし、一つだけ秘密があった。それは途中での瞬間の加速。まさしく爆発的な——そのため、それまでの彼の速さからその先の動きを予測していた相手の意表を突くことができたのである。
 ただし、それだけだった。直線的に走るスピードが上がるだけで、身のこなしすべてが素早くなるでもなく、他になにか応用が利くわけでもない。

——俺の芸は、これだけだ。

 ラギやイン・ジン兄弟のような他にない高度な技と呼べるようなものはなにもない。誰に言われるまでもない。りき丸自身がよく自覚している。自分が到底一流の戦士たりえないことは・・・。
 唯一のこの武器も、その正体を知られてしまえば、次にはほとんど通用しない。
 二度めはない。最初の一撃しかないのだ。
 だがしかし、だからこそ、そのぎりぎりの覚悟で繰り出される、その一撃は容易には避けがたかった。
 これまでも油断した実力的には上の相手を何人も屠り、あるいはそうでなくとも仲間に倒させるきっかけを作ってきた。
 自分を格下と侮り、見くびった相手がこの攻撃を受けたその一瞬に浮かべる狼狽の表情。それを目の当たりにして、りき丸は暗い快感を覚えるのだ。
 特にこういう余裕ぶった相手など、まさに格好の標的だった。あの冷たい無表情が動揺して無様に歪むさまを無性に見たかった。

 —— ついに、ブーストする。

 条件は申し分ない。インとジンが倒されるまでの間に、予め必要な距離をつめることができた。この間合いならば、次の瞬間にはもう相手のふところに跳び込んでいる。その速さは、テレポートして攻撃をかけるのにほぼ匹敵——いや、移動から攻撃そのものが直結していることからすれば、タイミング的にはむしろそれより速いとさえ言えた。

(殺(と)った!!)

 心の内で、りき丸は叫んだ。
 ところが、相手の体にぶつかった感触、手にかかる重み——文字通りの手応え、それが訪れなかった。いつか、まるで相手の体をすり抜けでもしたかのように敵を見失ってしまっていた。「よけられた」という意識もろくに持てぬまま、それでもあわてて向きを変えようと思う——が、その意思が動作に反映される前に、後ろの首筋に衝撃を受け・・・そこで、彼の意識は消失した。

 りき丸の首すじにぽっかりと丸い穴が穿たれていた。さほど大きくはないが、闇がのぞくように暗く深かった。一瞬後、そこから泉のように血が湧き出すと共に、りき丸の体はゆっくりかしいでいく。
 だが、床に倒れ伏す前に、そこから十数条の光が飛び出した。光線はすべてりき丸の前に立っている男に向かって奔る。
 りき丸の後ろには、リコがいた。得物は一振りの細身の剣。光線は一瞬の間に繰り出された、剣による連続の突きの軌跡だった。
 りき丸の体を貫いての攻撃——味方の屍を煙幕代わりに使ったのだ。

 酷薄で、仲間をなんとも思わないためではない。すでに死んでいるからと割り切ったからでもなかった。呪詛悪魔でも、仲間への思いはあった。ことに、リコは自らの攻撃で有効なのは最初の一撃のみと自身よく承知しているりき丸がその後を頼んだ相手だったのである。

(許せ、りきっっ・・・!)

 噛みしめた唇の端から血が滴る。
 だが、こうでもしないことには、この敵の不意を衝くなどととてもできないと、とっさに思いさだめた。
 その代わり、こいつは倒す!!
 仲間の遺骸を踏み台に、そこまでしたからには、何としても・・・!
 しかし、その決意の切っ先が相手に届くことはなかった。男のいたはずのところへ光線が至ったとき、その姿はもうそこになかったのだ。 

(まさか?!)

 不意打ちのはずの十数の突きをすべてよけられ・・・? いや、だが、相手は退がってもいなかった。逆に——。
 気がついたときには、今度は敵は自分の前にいた。それも、ぎょっとするほど、すぐ目の前に・・・。わけがわからない。その間も、リコは一瞬たりとも、手を止めはしなかったのだ。
 悪夢のようだ。自分が渾身の力と気力を振り絞って放ち続ける突きにかすることもなく、どうして近づける・・・いや、なぜ今前にいられるのだ・・・?
 手で胸を打たれた。リコの突きの動きが本当に止まったのは、この時であった。

 ——それほど強烈な一撃とは見えなかった。
 いや、残像で刀身が数十本もあるようにもバステラには見えたリコの突きをすり抜けて近くに寄り、その体に手が触れ得たというだけで信じがたいことではあったのだが・・・。
 しかしとにかく、敵はリコの胸をただ軽く打っただけのようでしかない。事実その直後リコは倒れるでもなく、体をよろめかせることすらなかった。
 しかし、それで、リコの右手の動作は停止した。そして、何かに驚いたようにリコはいったん目を見開くと、自分の胸の辺りを見た。それから、よろよろと2、3歩後ずさる。

 カラン、と高い音がした。剣を取り落としていた。
 かくんとあごが落ちるようにして、リコの口が半開きになった。そこからたらたらと血が流れ落ち、派手な柄物のシャツをそれよりも濃い色で染めた。そして、糸の切れたマリオネットのようにがくっと膝を床につく。続いて、体を折るようにして、上体も倒れる。頭がまともに床にぶつかり、鈍い重い音を立てたが、その後はもう何の反応もなかった。

 


P.E.T.S & Shippo Index - オリジナルキャラ創作