Episode03 —"裏"開封— −2
いちばん先に行ったのは、やはり俊足のラギであった。銛を小脇にかかえ、魚雷のように猛然と突っ込む。そして、その勢いのまま一突きで仕留めることも多い。しかし、この敵は到底そんな簡単な相手ではない。それは考えるまでもなく、ぞわっと総毛立つような皮膚感覚が直截に教えている。
しかし、だとしても、自分の間合いにさえ入れば、そこからはこちらも百錬の技がある。
ラギにとって、銛はただの武器ではない。かつて前世で人間が彼の体に打ち込み、命を奪った道具こそが銛であった。守護天使なら、間違いなくトラウマとなるところだ。それを転生した彼はあえて自らの得物とした。自分を殺した兇器で今度は逆に憎い人間どもを突き殺してやろうとする凄まじい復讐心、そして、自分を死に追いやった恐怖の対象を使いこなして超克せんという鉄の意志によって。
その二重の執念でもって、鍛えに鍛え抜いた技であった。いかなる強敵といえど、まったく通用しないはずはなかった。よし単独で倒すことがかなわずとも、少しでも足を止めていられさえすれば、すぐさま他の仲間も攻撃に加わり、そうすれば・・・。
が、一瞬ラギは幻視した。自らの向かう先に立ち塞がる白い巨大な塊を——この上なく分厚く固く、そしてとてつもなく冷たい・・・。前世で一度だけ、遠くからそれを目にしたことがある。本能的にわかった。絶対に近づいてはならない。絶対に、だめだ。
氷山。——今、彼の目の前に迫ってきているのは、間違いなくそれだった・・・。
ラギが己の間合いに達したと見えたとき、しかし、彼は突如として止まった。いや、見えない壁にでも激突したかのように、その運動はいきなり断絶した。そして、倒れる——と言うより、半ば走っていた格好のまま、床に落下していった。もう、ぴくりとも動かない。顔面が石榴のように砕けていた。
(な・・・?! ラギが銛を一度も振るわせてももらえんだと・・・!!)
バステラはだが、そのショックを充分味わう間もなかった。
ラギにわずかに遅れ、すでにインとジンの双子の兄弟が二方向からかかっていた。インは右手、ジンは左手、それぞれ外側の手で長い円月刀を構えて走る姿は、二人のちょうど中央の見えない線を軸として完全な線対称を成し、合わせ鏡の像のように見える。
彼らが双子というのは、同じ親から同じ時に生まれたというばかりではなかった。前世において、猛々しい猛禽とは言え、まだ無力なひな鳥の時に一緒に人間に殺され、共通の恨みを抱いて呪詛悪魔としても同時に転生したのである。言わば、魂の段階からの双生児——その二人の結びつきは、余人にはうかがい知れぬほど強固なものだ。合図もなにもなく、驚くほど息の合った連繋を難なくやってのける。
この態勢も、二人にしかなし得ない攻撃に移るためのものであった。敵を間にはさんで走り抜けざま、完全に一致したタイミングで左右から斬りかかる。まったく同時にまったくの逆方向から襲って来る二つの斬撃に対応できる者など、そうはいない。
ところがこの時、インとジンはなぜか剣を振り下ろすことなく、敵の両脇をただ駆け抜けていった。
(ばかな——! なぜ・・・!?)
気がつくと、男の方もいつの間にか二人を見送るように向きを変えていた。体を半回転させたことになるが、その時をバステラは見ていなかった。インが横を通り過ぎ視界を遮った一瞬にそうしたということなのだろうが、完全に見逃して、いや、見えなかったのだ——正確に、なにがあったのかも・・・。
後ろまで走っていったインとジンが申し合わせたように、一斉に振り向いた。そして、同時に首の横を押さえる。
次の瞬間、噴水のようにそこから血が噴き出し、逆さまの赤い滝を空に引きずりながら、二人の兄弟はもつれるように抱き合うと、共に倒れていった。