夢追い虫カルテットシリーズ

VOL.54「ザ・親孝行」

ある6月の夕方、ひとみが街を歩いているとある感覚を感じた。

(これはもしかして!)

すぐに感覚の基となっている場所に向かうと、予想通り結婚飛行の準備に忙しいクロオオアリの巣があった。

(ああ…新しい家族がこうして増えていくのですね…。嬉しいです…。これはあたしからの餞別ですよ。)

嬉しくなったひとみはポケットの中にあったべっこう飴を地面に置いた。
飴を置いた後もひとみは結婚飛行の様子を見続けていたが、不意にあることを思い立った。

(そうだ!)

思い立ったひとみは家に向かって猛烈な勢いで駆け出し始めた。

ひとみ「ただいま!ご主人様いますか!」
光彦「ど、どうしたのひとみ?」
ひとみ「ご主人様、あたしに時間を下さい!」

ひとみの態度と話した内容が余りにも唐突であったので、光彦も仲間たちも驚いた。

まゆり「ひとみ、時間とはどういう意味ですの?」
ひとみ「今日結婚飛行を見まして…急に女王様のことを思い出したんです。女王様と一緒に街を探索とかしたいんです。女王様あの性格ですからきっと地上では仕事くらいしかしていないと思うんです。ですから…親孝行も兼ねて…一緒に…。」

ひとみは顔を赤らめる。

光彦「そうか…。そういうことならいいよ。親子水入らずで楽しんでおいでよ。」
ひとみ「あ、ありがとうございます!」
光彦「この前女王さんが携帯電話を買って僕に電話番号を教えてくれたから電話で日程の話し合いとかするといいよ。」
ひとみ「はい!」

かくして電話での話し合いなども順調に進み、元女王アリ・ゆきことひとみの街遊びが行われることとなった。
そして当日。

ひとみ「女王様、おはようございます。」

ひとみはゆきこの住むアパートを訪ねた。

ゆきこ「あ、ひとみ。よく来たわね。」
ひとみ「女王様…。予想していたことですけど…地味な格好ですね。」

ゆきこの着ている服は黒一色のワンピースであった。

ゆきこ「わたくし…おしゃれとか余り興味なくて…。」
ひとみ「まあそう言うだろうと思いまして…これを持って参りました!」

ひとみの手にはファッション雑誌が握られていた。

ひとみ「女王様もご存知かと思いますが、あたしたち守護天使は任意で着ている服を生成・交換できるんです。その能力を利用して2人でおしゃれな服を着ましょう。ちなみにあたしはこのページにあるこの服を着てみます。」

そう言うとひとみの身体を煙が包み、それが晴れるとそこには「ボーイッシュな美少女」という雰囲気のひとみが立っていた。

ひとみ「どうです?」
ゆきこ「なかなかかわいいのではないですか。」
ひとみ「ありがとうございます。ちなみにあたし、女王様にはこの服が似合うと思います。」

ひとみが指差すページにはややフリフリなどによって飾られたお嬢様っぽい服を着たモデルが掲載されていた。

ゆきこ「そ、そんな…。わたくしにこんな派手な服は合いません。」
ひとみ「いえいえ、今日びの中学生はこれくらいの服は着ますよ。むしろ清楚だとあたしは思います。とにかく一度着てみて下さい。」
ゆきこ「そう…。では…。」

ゆきこは煙の中の人となり、その後すぐにひとみの推薦する服装になった。

ひとみ「いいじゃないですか!かわいいですよ!2人並んで鏡で見てみましょう。」

ひとみとゆきこは姿見に自分たちの姿を映してみた。もともと美少女な2人であったがボーイッシュなひとみと女の子っぽいゆきこというコンビの相乗効果で2人は更なる輝きを放っていた。

ゆきこ「これは…なかなか…。」
ひとみ「でしょう?自分で言うのもなんですけどいい姉妹、という感じですよ。」
ゆきこ「姉妹?」
ひとみ「まあ実際は親子ですけど守護天使としての肉体年齢はほとんど同じですからね。」

こうして服選びも終わり、2人は街へと繰り出した。

まず向かったのはデパートであった。デパートの品は高級で2人には買えない物ばかりであったが、それでも見て歩く楽しみはあった。

ひとみ「女王様にはこんな色のマニキュアが似合うのではないですか?」
ゆきこ「飲食店にはマニキュアはちょっと…。」
ひとみ「まあ例えですから。あ、このリップ控えめでいい色ですよ。」
ゆきこ「これはなかなか行けそうですわね…。」

ひとみ「こんな服もいいと思いますよ。次の変身時にはこういうのも選んでみてはいかがですか?」
ゆきこ「そうね…。」

続いては、洋風甘味店へと向かった。アリは甘いものが大好きなのでその選択は当然と言えた。

ひとみ「こうして女の子2人でお菓子を食べる。それが女の子の遊びの王道なんですよ。あたし今日に向けて調べましたから。」
ゆきこ「そんなものなの…。」
ひとみ「多少の誤解はあるかもしれませんが…。あ、来ました。食べましょう。」

ひとみ「こういう複雑な甘みもいいものですね。」
ゆきこ「確かに…。いつも飴玉とか花の蜜でしたから…。」

その他にもゲームセンターに行ったり…

ひとみ「このゲームの黒髪の女の子女王様に似てますね。」(←ラブandベリーをやっている?)
ゆきこ「そう?」

カラオケに行ったり…

ひとみ「下手でも楽しく歌うことが重要なんですよ。」
ゆきこ「それは慰めのつもり?」
ひとみ「いえ、決してそんなわけでは…。」

映画を見たり…

ひとみ「素敵なお話でしたね。」
ゆきこ「そんなこと…なくってよ…。」
ひとみ「でも泣いていたではありませんか。」
ゆきこ「あ…それは…汗ですわ!」

そんな風にして親子は楽しんだ。そんな中…

男性「ちょっとそこのお嬢さん。」

軽そうな雰囲気をした男性がゆきこに声をかけてきた。そこで、まずひとみが割って入る格好で話をしてみた。

ひとみ「何ですか?じょ…姉に何の用なんですか?」(←「女王様」と言いかけてやめた)
男性「妹さん?私は芸能スカウトの者なんですけど、お姉さんにぜひとも我がプロダクションで働いていただきたく思います。」
ひとみ「しかし、姉はすでに働き口がありますし…。」
男性「大丈夫です。そこよりも高額の給料を保証しますから。」
ひとみ「それでも内容が分からない以上は…。」
男性「大丈夫ですって。」

男性のトークの前に押され気味なひとみ。とここで、そこまで沈黙を守っていたゆきこがおもむろに口を開いた。

ゆきこ「何ですかあなたは?名前も名乗らず、言いたいことだけ言って…無礼ですよ!」
男性「すみません。で、どうですか?芸能界?」
ゆきこ「でしたらお断りします。」
男性「そんなこと言わないで、是非!」

食い下がる男性であったが、ゆきこはそんな男性をきっと睨み付け、有り余る威厳をもってこう言った。

ゆきこ「今わたくしが働いている場所は困っている私を助けてくださった非常に恩義のある場所です。その場所を捨て去ることなどできません。立ち去りなさい!わたくしはあなたに身を売るつもりなどありません!」
男性「…。分かりました。」

ゆきこの放つ気迫に押され、男性はすごすごと去っていったのであった。

ひとみ「すごいですね。さすが女王様です。」
ゆきこ「そう…?」

こうしてスカウトを撃退した2人は街遊びの最後として銭湯へと向かったのであるが、ゆきこに対して非常かつ異常なる熱視線を送る者がいることには気付かないのであった。

ちなみに銭湯で交わされた会話は以下のようなものである。

ひとみ「さすが女王様、胸やお尻も女王級ですね。」
ゆきこ「それはどういうこと?」
ひとみ「いえ、別に…。」

そして2人は分かれ、それぞれの家に帰るのであった。

ひとみ「ただいま。」
光彦「お帰り。」
みゆう「どう、楽しかった?」
ひとみ「凄く楽しかったです。」
まゆり「それは良かったですわね。」

こうしてひとみの親孝行は終わった。だが、ゆきこの方はそうも行かなかった。

数日後、光彦の携帯電話にゆきこからの電話が入った。

光彦「もしもし…あ、女王さん?この前はひとみがどうもお世話になりました。」
ゆきこ「いえ、こちらこそ楽しませてもらって…。ところで、一つ質問があるのです。」
光彦「どうしたの?」
ゆきこ「最近、よく街中で「我々の女王様になってくれませんか?」という声をかけられるのです。」
光彦「ええ?」
ゆきこ「人間にも女王の存在が必要だということなのでしょうか?」
光彦「うーん…。」

光彦は考えてみた。そして、光彦の中にある興味深い結論が導き出された。

光彦「それはあれだね…。まあ、詳しくは言えないけど…。でもその誘いは断り続けたほうがいいよ。人間に女王は必須じゃないし。」
ゆきこ「…?分かりました。」

光彦の奥歯に物の挟まった言い方が気になった様子ではあったがそれでもゆきこは電話を切った。

(SMクラブのスカウトだな、きっと…。)

光彦の導き出した結論はそれであった。
実はその結論は正解で、芸能スカウトを撃退したゆきこの様子に熱視線を送っていたのはあるSMクラブの従業員で、そこから「最強の女王様候補」の噂が他店舗にも広まったのであった。

(そりゃあの子は本物の女王だもんな…適正があるように映るのは無理のないことだな。)

光彦は少々複雑な気持ちであった。だが…

(でもスカウトも本物が分かるんだな…。さすがプロだよな…。)

妙に感心する気持ちも湧くのであった。

おわり


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