ある平日の午後、日高家のチャイムが鳴った。
ひとみ「はい、何でしょう…あ!」
ひとみが出て行ったところ、そこにいたのは意外な人物であった。
さとみ「あ、お姉ちゃんだ!こんにちは〜。」
女王「……………。」
ひとみの妹であるさとみと、母親である女王がいたのである。
ひとみ「え、さとみちゃん?それに…女王様?」
ひとみはとりあえず2人を家に上げて話を聞くことにした。
ひとみ「で、どうしたのですか?」
さとみ「今度わたしと女王様が正式に守護天使になることが決まったの。」
まゆり「もうですか?早いですわね。」
さとみ「女王様すごかったんだよ。どんな修業も完璧にこなしてたし、完璧にできないことがいやだったみたいだし。」
あすか「さすが…ですね…。」
女王「……………。」
希望に満ちた様子で明るく話をするさとみ。一方女王は黙ったままであった。
さとみはさらに、今後の自分の進路について話し始めた。
さとみ「で、わたしは今度新しくできるサポートチームに入ることが決まっているの。」
ひとみ「サポートチームですか!」
さとみ「大事な仕事だと思うから頑張りたいな。」
ひとみ「…それで、女王様はどうするのですか?」
さとみ「それがね…。女王様、これからどうするかについてぜんぜん教えてくれないの。」
ひとみ「え?それはどういうことですか、女王様?」
女王「……………。」
女王は相変わらず黙ったままである。
みゆう「ねえ、何か言ったら?」
まゆり「どうやら、何か事情があるようですわね。聞かないほうがいいのではないでしょうか?」
あすか「そう…ですね…。」
かくして、女王が話さないことはあえて無視されつつ、話は進んだ。
やがて…
さとみ「それじゃ、さようなら。」
ひとみ「サポートチームの仕事、頑張ってくださいね。」
さとみ「うん、がんばるよ。」
女王「……………。」
さとみと女王は家から出た。結局女王は最後までほとんど話すことはなかった。
しばらくして…
まゆり「あれ?おしょうゆが切れていますわ。」
料理をしていたまゆりが声をあげた。
まゆり「買い忘れていたのですね…。困りましたわ…。」
ひとみ「それならあたしが買ってきますよ。」
というわけでひとみがしょうゆを買いに家から出たところ、意外な人物を発見した。
ひとみ「あれ?女王様?」
女王が所在なさそうにうろうろしていたのである。
ひとみ「女王様、どうしたのですか?」
ひとみの問いに、女王は恥ずかしそうに答えた。
女王「ひとみ…話があるのだけど…。」
ひとみ「何ですか?」
女王「その…これからのことなのだけど…わたくし…ここの守護天使になってもよくってよ…。」
ひとみ「ええっ!」
予想外の女王の発言にひとみは驚いた。しかし、一応ひとみは女王の娘である。女王が何を考えているのかすぐに察しが付いた。
ひとみ「(なるほど…行く場所がないのですか。でも女王様素直じゃありませんからね…。)女王様、つまりここにいたいというわけですね。」
女王「いえ…その…。」
ひとみ「とりあえずご主人様に聞いてみますから。それまで家で待っていてください。」
女王「…その…ありがとう。」
女王は恥ずかしさに顔を赤くしてうつむくのであった。
その後、光彦が帰ってきた。ひとみは光彦にこれまでの顛末を説明した。
光彦「なるほど…。まあひとみのお母さんが困っているのは放っておけないし…まあしばらくいればいいよ。」
ひとみ「ありがとうございます!」
こうして、光彦の了解を得ることのできた女王は光彦やカルテットと暮らすことになった。
「家事」という面では女王は素晴らしい物を持っていた。見習い時代から持っていた素質の高さ(巣の草創期における子育てという裏付けもあった)や完璧主義な面がかなりプラスとなって働き、カルテットも大いに刺激を受けた。
みゆう「これゆきこちゃんが作ったの?」(注:ゆきこ=女王の守護天使としての名。正式には「アリのゆきこ」。なお、この話においては最後まで「女王」の呼称を使うこととする。)
あすか「すごい…料理です…。」
ひとみ「さすが女王様ですね。」
まゆり「わたくし達も見習わなくては…。」
しかし、女王には超えられない一つの大きな壁があった。
ひとみ「ご主人様、手作りのケーキです。」
光彦「どれどれ…。うーん、相変わらずいい腕しているね。」
ひとみ「ありがとうございます。」
あすか「ご主人様…耳…気持ちいいですか…。」(耳かき中)
光彦「うん…。」
あすか「うれしい…です…。」
みゆう「ご主人様、スキあり!(ちゅっ!)」
光彦「わっと!…全くみゆうは相変わらずだね。」(それでもまんざらではなさそうである。)
みゆう「えへへ〜。」
まゆり「さあご主人様、お茶が入りましたわ。」
光彦「うーん…やっぱりまゆりの入れたお茶はおいしいよ。」
まゆり「ありがとうございます。」
こうしたやり取りの端々から、光彦とカルテットとの間に流れる愛情や信頼の深さを感じてしまい、そのたびに行き場のなさを感じるのである。
女王(ここはわたくしのいるべき場所ではない…。)
女王は自分の存在が自分の娘とその仲間たちの幸せを奪うのではないかということを危惧していた。しかし、日高家から出て行こうにも地上には日高家以外に頼れる場所はない。また、生来の自分の弱みを見せることを嫌う性格もあってその悩みを打ち明けられずにいた。
そんな煮詰まった状態のある日…
女王「?」
外に出ていた女王は、たまたま立ち寄ったファミレスであるものを発見した。
女王「『レストランハニーガーデン アルバイト募集中』?」
それはそのファミレスの求人ポスターであった。
女王「(一人で暮らすにはやはりお金が必要ね…。それにレストランなら余り物を食べさせてくれるかもしれないし…。)すみません!」
女王はレジ係にアルバイトを申し込んだ。すると、すぐさま店長との面接がセッティングされた。
店長「うーん…。」(女王の顔や体を覗き込んでいる)
女王「で、どうなのですか?わたくしはここで働くことができるのでしょうか?」
店長「うちは審査が厳しいんだけどね…。でも君ほどの美貌の持ち主なら全く問題はないよ。それに最近君のようなきつめなキャラが足りなくてね。というわけで採用させてもらうよ。」
女王「(美貌?キャラ?ちょっと気にはなるけど…まあいいわ。)ありがとうございます。これからお世話になります。」
かくして、女王の「ハニーガーデン」への就職が決まった。(女王はこの時点では全く知らなかったのであるが、このファミレスは「高い時給で引き抜いた超美少女ウエイトレス軍団」を売りにしており、女王はその条件にぴたりと合致したのであった。)
女王のウエイトレスとしての仕事は好調に進んだ。女王が持って生まれた性質「つんとすました女王然とした雰囲気」は、普通のサービス業ではマイナスに働きがちなものである。しかし、「ハニーガーデン」の客というのは「高い時給で引き抜いた超美少女ウエイトレス軍団」を求めてやってくる。それゆえ女王の性質は客にとってはむしろ魅力として映った。
また、女王がたまに見せる笑顔が、
女王「ありがとうございました。(ニコッ)」
客「うわおう!(ああ…ゆきこちゃんかわいい…。)」(ちなみに、ウエイトレスはファーストネームを書いた名札をつけて働くのが決まりである。)
その稀少性と美しさゆえに客の心を掴んで離さない麻薬的作用を持って働いた。
かくして、女王は指名上位(ファミレスのくせに指名制を採用している)の常連となり、それと共に稼ぎも増していった。
女王(これで一人暮らししても大丈夫ね。)
女王はこれを元手として日高家の近所にアパートを借り、晴れて日高家からの独立を果たすのであった。
そして女王がアパートへ引っ越す日。
光彦「これで行っちゃうのか。さびしくなるね。」
女王「まあわたくしもいつまでもこんなところにはいられませんから。それでは、世話になりましたわね。」
ひとみ「さようなら。(やっぱり素直じゃないですね。)」
あすか「さよう…なら…。」
みゆう「バイバーイ!」
まゆり「また来て下さいね。」
女王「では。」
女王は最後までそっけないのであった。
その後、女王がどうなったかというと…
女王「こんにちは。」
ひとみ「あ、女王様。」
女王「ご飯作りに…来て差し上げましてよ…。」(ちょっと照れている)
たまに日高家に遊びに来るという日々を続けているのである。
おわり
「マリみて」の祥子嬢効果か女王(本名:アリのゆきこ)への食いつきが良かったようなので、再登場させてみました。
ちなみに作中のファミレスの名前や経営理念は漫画「花になれっ!」に出てきたものをパクっています。