光彦が家に帰ってきた時、誰もいないようであった。
(みんなどうしたんだろう?)
と光彦が思っていると、扉の向こうから声が聞こえてきた。
おそるおそる中をのぞくと、カルテットがひとみを中心に置いて何か謎めいたことをしていた。
みゆう「この布を胸に巻くんだよ。」
ひとみ「何か…きついです。」
まゆり「我慢するのです。」
どうやら、ひとみが仲間に手伝ってもらって胸にさらしを巻いているようだった。
光彦は、その後の展開が気になった。しかし、そのままのぞいていると、また「ご主人様のヘンタイ!」などと言われそうなので、扉から離れて後ろを向き、聞き耳をたてる事にした。
まゆり「このつめを止めれば…ほらできました。」
みゆう「似合うー!」
あすか「ご主人様は…?」
まゆり「帰っているようですわ。」
みゆう「じゃあ見せに行こう。」
そして、まず、みゆう、あすか、まゆりの三人が出てきた。
みゆう「ご主人様、今日は見せたいものがあるの。」
光彦「え、何?」
まゆり「では。ひとみ、出てきなさい。」
ひとみ「はい。」
まゆりの呼びかけに応え、ひとみが出てきた。
ひとみは、少し大きめの学生服を着ていた。
ひとみ「ご主人様、ボク、かっこいい?」
あまりに突飛な展開に、光彦は面食らった。
光彦「こ、これは…。」
みゆう「ひとみちゃんね、学生服が似合いそうだから着せてみたの。」
光彦「その『ボク』っていうのは…?」
ひとみ「言葉遣いも合わせてみたんだ。どう、似合ってるかな?」
大きめの学生服、胸に巻かれたさらし、「ボク」という言葉遣い…どれをとっても「女の子が精一杯男の子っぽくしている」という萌え要素である。光彦は興奮した。
そして、妄想の世界に没入してしまうのであった。
(ここから先は光彦の妄想)
(全寮制の男子校に通う日高光彦(実際は公立の共学校出身だが)とそのルームメイトの黒坂仁紀(『ひとき』と読む。光彦の妄想でのひとみの役回り)は大の親友。今日も一緒に部屋に帰ってきた。)
光彦「いやー、今日も疲れたねえ。」
仁紀「そ…そうだね。」
(いつもと違う仁紀を心配する光彦。)
光彦「黒坂君、どうしたんだ?」
(不意に何かを決心したような表情になる仁紀。)
仁紀「実はボク…。」
(そう言うと仁紀は学生服とYシャツの前ボタンを外し、自らのさらしを巻いた胸を光彦に見せる。)
仁紀「女の子なんだ…。」
光彦「え、ええっ?」
仁紀「ごめんなさい。だますつもりはなかったの。」
光彦「ど、どういうことだよ、それは?」
ひとみ「ボク…あたしの本当の名前は黒坂ひとみ。十年前、メソメソしていたあたしを励ましてくれた日高君のこと
をずっと探してたの。」
光彦「……………。」
ひとみ「日高君が男子校にいる、って聞いた時は正直どうしよう、って思った。でもずっと探してきたから…
それで男の子のふりをしてこの学校に転入したの。そのために髪も切ったんだよ。」
(光彦は静かに驚いている。)
ひとみ「日高君のルームメイトになれる、って聞いた時は初めはうれしかった。でもだんだん不安になってきたの。」
光彦「なぜ?」
ひとみ「あたしの秘密を知ったら、日高君はあたしの事を嫌いになるんじゃないかな、って…。」
光彦「……………。」
ひとみ「でもあたしは決めたの。日高君に本当の自分を見せよう、って。だからお願い、あたしのことを嫌いに
なってもいいから。だからせめて日高君の前では恋する女の子でいさせて。」
(しばし考える光彦。)
光彦「そんなに僕の事を思ってくれたんだね。ありがとう。君の気持ちには真剣に応えるよ。これからは君は
僕のために女の子でいてくれないか。」
ひとみ「ありがとう…日高君…。」
光彦「黒坂さん…。」
ひとみ「ひとみ、って呼んで下さい。」
光彦「ひとみ…。」
(そして二人は愛の世界へと没入する…。)
(今後は、表向きは親友で裏では恋人同士、という関係を構築していく。)
ひとみ「…様、ご主人様。」
光彦「う、うああっ!」
ひとみ「あの、似合ってる?」
光彦「うん、似合ってる似合ってる。」
まゆり「こういうのって新鮮じゃありません?」
光彦「うん、新鮮新鮮。」
妄想が後から後から涌き出してくる光彦は、妄想を押さえつけるのに精一杯で、ひとみ達の質問に対してはロボットのような応答しかできなかった。
だが、光彦の「似合ってる」「新鮮」という言葉は、カルテットのコスプレに対するやる気に火をつけた。
そして翌日。
光彦が帰ると、普段着のひとみだけが出迎えた。
ひとみ「今日はもっと楽しい事がありますよ。」
光彦「え?」
ひとみ「ではみなさんどうぞ。」
出てきたのは、チアリーダースタイルのみゆうと中世の魔法使いのような格好をしたあすかとテニスウェアを着たまゆりであった。
みゆう「チアリーダーでーす。フレーフレーご主人様!」
あすか「魔法使い…です。これで…ご主人様の…ハートに…恋の…魔法を…かけます…。」
まゆり「テニスガールです。このラケットで愛をラリーしましょう。」
みゆうとまゆりの美脚を強調したミニスカート姿は光彦の妄想をストレートに刺激した。
また、あすかの魔法使いも、ミステリアスな魅力が強調されてぐっと来るものがあった。
そういうわけで、妄想は昨日よりさらにパワーアップして光彦を襲った。
光彦「ああーっ、内なる獣が!」
まゆり&あすか&みゆう&ひとみ「?」
この日からしばらくの間は、四人がコスプレをする事はなかった。
だが、光彦の中の妄想はこれからが花ざかりなのであった。
おわり
とにかく妄想に身を任せて書いた逸品。
ちなみに、文中の「女の子が憧れの人を追って男の子のふりをして全寮制男子校に転入」という設定は、漫画「花ざかりの君たちへ」からヒントを得ました。光彦がなぜそのネタを思いつくに至ったかは謎です。