「ご、ご主人様のバカー!」
目に涙を溜めながら、サキミはその場から去ってしまった。
本当なら、すぐに追いかけて行きたかった。
でも、そのときの心理状況では、到底そんなことができるわけもなく、
「勝手にしろ!」
大人気なく、大声で怒鳴ってしまって、そのまま那美さんの家へと足を向ける。
「いいのか?」
サキミの使い魔のそらが、俺の隣に立って、サキミを追うことを促す。
「いいんだよ。……お互いに、頭を冷やす必要があるからな。そらは、サキミの側についていてくれ」
「ああ」
カラスに戻ったそらは、その黒い翼を広げて、空へと飛び立った。
1人なった俺は、無性にさっきのことがぶり返してきたから、俺はさっさと戻ることにした。
事の発端は、数分前に遡る。
サキミをからかいながら歩いていると、空から、そらが降りてきた。
「あっ、そらちゃんだ」
「よっ、相変わらずぽけぽけしているな」
「えぅ〜。ぽけぽけなんかしていないですぅ〜」
サキミの肩に止まって、俺と同じようなことをそらは言った。
「じゃあ、ぼけぼけか?」
「ぼけぼけもしてないですぅ〜」
加えて俺も言ったら、サキミは両腕をブンブン振って必死に否定する。
サキミが来てから、もう何度も見た光景。
「ところで、めいどの世界に行ってきたんだよね?」
「ああ。報告してきた。それで、天使長から辞令を預かってきた」
「…なんか、すごく嫌な予感がしますぅ」
そらが俺たちの前に立つと同時に、ぽんって音がして、白い煙がそらを包んだ。
そして、その中から出てきたのは、10代中頃の少年だった。
「ふう。やっぱりこの格好の方がいいな」
「お前、人型になれたんだ」
「なんか気に障る言葉だけど……。まあ、いいか。それよりも、ちゃんと伝えるから、サキミ、前に出てきてよ」
「え、えぅ…」
恐る恐る、サキミが俺の横に来たことを確認したそらは、一呼吸置いて、しゃべり始めた。
「まずは、今回の件に関してだけど、評価は「悪い」だって。まあ、サキミ自体は何もしてないし、あげくは、自分のご主人様に助けてもらったんだから。これに関しては反論はないよね、サキミ」
「は、はいですぅ」
そらの言うことは最もな意見だ。
てめえの仕事は責任を持ってやれ。これが俺の仕事の思念だ。
これに当てはめると、今回のサキミの仕事内容は、誰が見たって駄目だとわかる。
まあ、俺も悪いと少しは思っているけど。
「んで、ここからが重要。サキミ、天使長からの伝言を伝える。3級守護天使、ならび、上級援護天使、ハトのサキミ。君に、一時帰還を命じる」
「え、えぅ!」
このときのサキミの状況を説明するなら、ショックが体を通り抜けて、魂が抜けそうな状態、とでもいうべきなのだろう。
とにかく、そのぐらい、サキミはショックを受けたようだった。
んで、その数分後。
「い、嫌ですぅ!」
体に魂が戻ったサキミは大声で否定して、俺の後ろに隠れた。
がたがたと、体が震えていた。
「はあ…。まあ、そういうとは思ったけどね」
「だって、だって…。せっかく、ご主人様に会えたんです。私は、ご主人様に会うことを夢見て、今まで頑張ってきたんです。やっとご主人様に会うことが出来たんです。だから、また戻るなんて、絶対に、嫌ですぅ」
「でもな、サキミ。お前だって上級守護天使なんだから、よくわかっているだろう? 天使長の言葉はメガミ様の言葉。援護天使個人の意見なんて通用しないってこと」
「それは、そうですけど……。ご主人様…」
次第に、俺の背中が湿ってきて、同時に、サキミの嗚咽が聞こえてきた。
こういう状況、全く持って苦手だ。
「浩人。お前もなんとか言ってほしい。これは、サキミの将来の為なんだから」
「とは言うけどな。こいつがこんな状況じゃ、何を言っても聞かないぞ」
女が泣いたときは、周りが何を言っても駄目なことは今までの人生で経験済みだ。
特に、想い人が絡んだときは余計にやっかいなもの。
「なあ、仮にサキミが戻るとして、どのぐらいかかるんだ?」
「それはサキミ次第だけど…。そうだな。少なく見積もっても、半年は帰れないかな」
「そんなにか…」
「でもね、その中には昇級試験も含まれているんだよ。これを受けないと、少なからずとも、メガミ様と天使長から罰が下って、もっと期間が延びることになる」
「はあ……。聞いただろう、サキミ。お前、そのめいどの世界とやらに戻れ」
仕方が無いことはいえ、俺はサキミの気持ちを考えないで、ほとんど棒読みで言ってしまった。
昔、同じようなことで、那美さんと言い争いをしたことを忘れて。
「ご主人様まで…」
俺から離れて後ずさりするサキミに、さらに言葉を重ねる。
「一生会えなくなるわけじゃない。そらの話を聞く限り、お前にとって、成長する機会なんだから、むしろ、喜んで行けよ」
「……嫌ですぅ」
「だから…」
「絶対に、嫌ですぅ! いくらご主人様の言うことでも、これだけは聞けません!」
「…ああ、そうかよ」
大人気なく、荒い声を出してしまった。
サキミの心理状況を考えれば、冷静でいなければいけなかったのに。
「だったら、勝手にしろ。俺の言うことを聞けないやつなんて、必要ない…」
「ご、ご主人様…」
「去れ。二度と、帰ってくるな」
「ご、ご主人様のバカー!」
こういうことがあって、現在に至る。
「ふふ。駄目だよ、ケンカしたら」
那美さんの家に戻った俺は、夕食をご馳走になっていた。
もちろんその場の話題は、サキミのことになる。
「まあ、自分でも大人気ないと思っていますけど…」
「だったら、ちゃんと謝りに行かないと」
「でも、あいつがどこにいるかわからないし、どんな面下げていけばいいのか、わからなくて」
「仲直りは早くしないと。……じゃないと、一生伝えられないときがあるから」
「那美さん?」
「……ねえ、気付いた? 家、男の人の気配、しないでしょう?」
「そういえば…」
「家の旦那ね、あの子が生まれる前に、死んじゃったの」
そう告白した後、那美さんは近くにあった写真立てを持ってきた。
那美さんと、多分、旦那さんと思われる人が写っていた。
「それ、今から3年前の、ニューヨークで撮った写真なの。旦那は、例の9・11事件で、ね」
「そうだったんですか……」
「ああ、ごめんね、暗くしちゃって。でもね、そういうこともある場合もあるから、ケンカしたら、すぐに仲直りしないと」
「……何かきっかけがあればいいんですけどね」
「何かプレゼントでもしたら? 女の子は、そういうの喜ぶから」
「プレゼント……」
そのときに、俺の脳裏に昔のビジョンが甦った。
『これで、私たちのサキミちゃんだってわかるよね』
『そうだね』
『それとね、これは私たちの絆でもあるんだよ』
『絆?』
『うん。体が離れても、心はいつも繋がっていますようにって』
それは、今では遠い、夏の神社の境内であった、出来事だった。
俺たちとサキミを結ぶ、青いリボン。
もう切れたと思っていたけど、こうして、あの日の絆は甦った。
「…那美さん」
「何?」
「俺、サキミに謝ってきます」
「うん。それがいいよ。でも、どこにいるか、検討つく?」
「はい。きっと、そこにいます」
「だったら、早く行った方がいいよ。今日は一段と冷えるから」
「はい。……行って来ます」
「いってらっしゃい」
那美さんに見送られて、俺は過去への決別と未来への絆を結ぶために、サキミとの思い出の場所へと走った。
待ってろよ、サキミ。
<続>
後書き♪
K'SARS「サキミ編もあと2話で終わりか」
サキミ「えぅ〜。もっと出たかったですぅ〜」
K'SARS「こら、なんでお前がここにいるんだよ?」
ミナト「いいじゃないですか。作者さんの中では終わっているんですから」
カナト「それに、サキミさんは、元祖後書きメンバーなんですから」
サキミ「そうですよぉ。作品に出られないんだったら、せめてここに出してほしいですぅ〜」
K'SARS「お前はめいどの世界で雑用でもしてろ。というわけで、これを食べなさい」
サキミ「え、えぅ。こ、これは………え、ぅ〜」
カナト「それは…」
ミナト「あらあら。駄目ですよ、それを食べさせては。まだ試作段階のおやつでしょう?」
K'SARS「まあ、沙子ちゃんが作ったものだから、俺の保障はつかないけどな。でも、これでしばらくはおとなしくなるだろう」
ミナト「某所では、サキミちゃんの外伝のお話を書いてという依頼があったそうですが、どうするんですか?」
K'SARS「しばらくは書けないと思うな」
カナト「だったら、合間に書けば?」
K'SARS「ああ、そうするよ。さて、今日の締めは…」
???「でははん、です」
K'SARS「……まだ出ないでよ」