そこは一面の白で覆われていた。
誰の足跡もなく、ただひっそりと、もう誰も使っていない神社が佇んでいた。
「おっかしいな。サキミなら、ここにいると思ったけど」
「いや、正解だよ」
「……いきなり現れて、俺の肩に乗るんじゃねえよ」
カラス形態のそらが、何事もなかったように、俺の肩に降りてきた。
一瞬、びびってしまった。
「それより、サキミは神社の賽銭箱のところにいるよ」
「そっか……」
「説得、頼むね。もうおいらじゃ、耳を傾けてくれそうにないから」
「全力は尽くすから、そらはどこかで見ててくれ」
「はいよ」
今一度、そらが飛びだったのを確認してから、俺はサキミがいるという賽銭箱の裏側へと向かう。
どうして裏側かといえば、ちょっとした悪戯をしようと思ったから。
一応、心配をかけたんだから、そのぐらいの茶目っ気はなんてことない。
ただ、老朽化がかなり進んでいるようで、なんとか気配を悟られないように、慎重に表側へと進んでいく。
「ご主人様…」
もう少しで接触できると思ったときに、ふいにサキミが俺を呼んだ。
バレたと思い、慌てて角に隠れてが、様子的に気づいていないようだった。
改めて、俺は最大限に気配を消しつつ、サキミへと近づいていく。
そして、
「うりゃ!」
「えぅ!」
後ろから羽交い絞め風に抱き付いたら、予想通り、大声で驚いてくれた。
ふふふ。作戦は成功だ。
「ご、ご主人様……」
「心配したぞ、このバカえぅ天使」
「えぅ〜。バカえぅ天使じゃないですぅ〜」
「口答えするとは、いい根性だな。おしおきだ」
「えぅ〜!」
前にかけた腕をそのままサキミの首へと持っていって、軽く締める。
もちろん、サキミはじたばかするが、こいつごときの力で弾かれるほど弱くはかけていない。
「ぎ、ぎぎ、ギブ、ですぅ〜」
「うむ。なら解いてやろう」
首に持っていった腕を、今度はサキミの腹のところでクロスさせて、持ち上げて、座っていた俺の膝の上へと置く。
ふわっと、心地の良い匂いが俺の鼻をつく。
「ったく、心配かけるなよな」
「ご主人様……」
「こんなに冷たくなって…。ごめんな」
サキミの頬に俺の頬を合わせて、ぎゅっと引き寄せる。
はたから見れば、相当恥ずかしい光景だな。
「俺だって、お前がどんな思いをして俺のところに来たのか、わからないわけじゃないんだ。必死のサキミの姿を見れば、全部わかるから」
たった数日だったけど、サキミの精一杯の行動は、今までどれだけ苦労して手に入れた幸せなのかを知るには、十分すぎるほどだった。
そんな風にされれば、嫌でも感じずにはいられなかった。
「私はもう、離れたくないんですぅ。すごいいじわるだけど、でも、とても優しいご主人様のそばにずっと居たいんですぅ」
「……俺は、お前を縛り付ける杭にはなりたくない」
個人に囚われてしまうことは、自分を見失うことになる。
今のサキミは、まさにその状態だった。
そらが言うことに耳を傾けないで、ただひたすら、俺のそばにいることを願う。
悪くはないのだが、その先のことを見ないのは、サキミにとってそれは悪影響にしかならない。
せっかくの機会を逃すばかりか、築き上げたものまで失うことにもなりうるのだ。
だから、俺は心を鬼にする。
サキミのために、かつて那美さんに抱いていた気持ちを忘れるために。
「お前はハトだったときのように、自由に羽ばたいてほしい。だから、サキミは一旦めいどの世界とやらに戻れ」
「……どうしても、ですか?」
「ああ。でも、ただで行け、なんて言わない。だから、これをやる」
俺はポケットから、青いリボンを取り出して、サキミにつけてやった。
首の前で蝶々結びをして、ほどよく締める。
「これは……」
「俺たちの絆の証だ。昔のみたいに」
「覚えてて、くれたんですか?」
「まあな」
青く純粋な絆のために。
それが、このリボンにかけた願いと想いだった。
身体は離れていても心は繋がっていますように。
どんなに辛く悲しいことがあっても、笑っていられますように。
大層なご都合主義な考えだったかもしれないけど、それが3人を結びつけると信じていたから。
「身体は離れていても心は繋がる。だから、これをしている限り、サキミはいつだって、俺のところに帰ってきてもいいんだよ」
「でも……」
「だったら、ゆびきりもしようぜ。それだったら、より確実だろう?」
「……はいですぅ」
サキミを隣に座らせたら、先に小指を出すように指示した。
そしたら俺は、ゴン!って音がするほど頭突きをした。
「えぅ〜。痛いですぅ〜」
「我慢しろ。俺だって痛いんだよ」
「えぅ〜」
「じゃあ、やるぞ」
「は、はいですぅ」
「俺は、サキミがいつでも帰ってきても、おかえりって迎えることを誓います。ゆ〜びき〜りげんまん。う〜っそついたら、はりせんぼぉ〜ん、のぉ〜ます。ゆ〜びきった!」
と、小指を離そうとしたけど、サキミが離さなかった。
「こら。ゆびきりしなかったら、約束できないだろうが」
「だってぇ〜」
「だったら……」
「んん! ん、んん…」
ふいをついて、俺はサキミにキスをした。
実に数年ぶりのキスは、なんというか、サキミのいい匂いがした。
んで、サキミの力が抜けたところで、小指と唇を離した。
「ご、ご主人様…」
「これで、約束したぞ。サービスもつけたから、絶対の約束、だぞ」
「……えぅ〜♪」
「もういいかな」
タイミングを計ったかのように、人型のそらが現れた。
「そらちゃん……。うん。私、行くよ」
「そっか。じゃあ、めいど服になって」
「うん」
サキミが境内に降りると、身体が光りだした。
そして次の瞬間には、青色で、背中に大きな羽と黄色の輪をしたサキミが現れた。
「えへへ。どうですか?」
「なんというか……。似合わないな」
「えぅ〜」
「……帰ってきたら、ゆっくり見ないとな」
「は、はいですぅ。そのときには、鑑賞会、しましょう」
「ああ」
「では、ご主人様…。行って来ます」
「行って来い」
とびっきりの笑顔を残して、サキミとそらは、再び光に包まれて、今度はそのままいなくなった。
その場所には、サキミのだと思われる羽が降り注ぎ、その場の雪と同化するように消えていった。
「……さて、どうやって帰ろうかな」
真っ白に覆われた世界で、俺はほどほど困りながらも、帰路へとついた。
<サキミ編 終>
あとがき♪
K'SARS「ようやくだよ。ようやく終わったぜよ」
サキミ「えぅ〜。終わってしまいましたぁ〜」
K'SARS「おっ、一応サキミ編のヒロイン&元祖あとがきメンバーのサキミちん、戻ってきたか」
ミナト「お疲れ様でした」
カナト「お疲れ様」
サキミ「あ、ありがとうですぅ」
K'SARS「さて、さっさと次の章にとりかからないと」
サキミ「えぅ〜」
ミナト「あっさりしてますね」
K'SARS「あのね、まだあと4人もいるんだから、早くしないと終わらないんだよ」
カナト「でもさ、一応さ、ここにヒロインがいるんだから、何か感想を言わないと」
サキミ「そうですよぉ〜」
K'SARS「お前に今更言う必要はないだろう」
サキミ「えぅ〜」
ミナト「冷たさの中に暖かい心、ですね」
カナト「見え見え、だね」
K'SARS「ええい、うるさいな。さっさと次に行く。サキミは当分、出番なし」
サキミ「えぅ〜」
???「ようやく私たちの出番ですね」
???「うん」
K'SARS「名前は、次で出すからな」
???「期待しているね」
???「でははん!」