「はい。どうぞ」
「あ、ありがとうですぅ」
「どうも」
那美さんのお家にお邪魔した俺とサキミは、水波家特製のお茶をごちそうになっていた。
昔と同じ味だったから、少しずつ過去の記憶がよみがえってくる。
「そっか。色々とあったんだね」
「まあ、それなりに」
とは言え、人様に自慢出来るようなことはしていないが。
「おいしいですぅ」
「だろう? 那美さんの煎れてくれたお茶はおいしいんだぞ」
「はいですぅ」
「……気になっていたんだけど、その子、ひーくんの隠し子?」
「…………」
「えぅ〜! 痛いですぅ〜!」
那美さんの言葉に、俺は一瞬固まってしまい、現実に戻るために、後ろに回していた手で、サキミの尻を抓った。
うむ。どうやら、現実に聞かれたことらしい。
「ご、ごしゅ……お兄ちゃん! 痛いですよぉ〜」
「いや、那美さんの口から出た言葉が、俺の神経を止めたから、サキミで直したんだ」
「えぅ〜。お兄ちゃんので直してくださいぃ〜」
「それで、どうなの?」
俺たちの漫才に動じることなく那美さんは回答を求めてくる。
さて、どう答えようか。
普通に、サキミが守護天使だと言っても信じてもらえないと思うし、妹だと言っても、家計図を知られているから、絶対に通じない。
ということは、素直に、かつ、現実味があることを言わないと。
「あのね、那美さん。物理的にも科学的にも、俺の年でこれが生まれてくるはずないじゃないですか」
「えぅ〜。『これ』扱いはひどいですぅ〜」
「まあ、そうだよね。でも、ひーくんの家に、妹さんはいないはずだけどね?」
「いませんよ」
「じゃあ……」
「家出娘なんですよ」
お茶を一杯飲んで、我ながらいい答えと思った。
「えぅ〜。落ち着いて言わないでくださいぃ〜」
「本当だろう? 帰る家が俺の家しかないんだから」
「まあ、それはそうですけど……」
「そうなんだ。ひーくん、優しいね」
「別に優しくなんかないですよ。変わりに家事全般をさせていますから」
例え、サキミが本当の家出娘で俺の家に置いてやることにしたとしても、ただで置いてやることなんてなかったであろうな。
「今じゃ、妹同然の扱いをしていますよ」
「は、はいですぅ」
「……そういえばさ。妹って言葉で思い出したんだけどね」
とたんに、那美さんの空気が重くなった。
この雰囲気、嫌なぐらい知っている。
「桃華ちゃんのことなんだけど…」
「そういえば、しばらく会ってないな」
桃華というは、俺の家の隣に住んでいた女の子で、家の両親と桃華の家の父親は親友同士だったこともあって、小さい頃から、ほとんど同居同然の生活をしていた。
一人っ子だった俺は、桃華のことを妹と同じように扱っていた。
けど、もう5年以上見ていない。
最後に見たのは、あいつが高校1年生のときだったな。
「それで、桃華がどうしたの?」
「あのね、よく聞いて。桃華ちゃんは…」
「……亡くなりました」
那美さんの口からではなく、何故かサキミの口からその言葉が発せられた。
「桃華さんは、私の目の前で、亡くなりました」
「……そっか」
全身の力が抜けた。
どうしてサキミが桃華と面識があるかということを問いただすことすら忘れるほど。
「ひーくん。お墓参り、行く?」
「…うん」
俺はなんとかその場から立ち上がって、那美さんに連れられて、桃華の墓へと向かった。
「……よお。久しぶり」
途中で買った、桃華が好きだったお菓子と線香を持って、平野家の墓前に立った。
冬の冷たさと雪の白さが、ひどく俺の心の温度を低くする。
「まさか、こんな形で再会するなんてな。そして、このえぅ〜との面識もあっただなんてな。本当、お前には驚かされるばかりだよ」
「えぅ〜」
隣に立っていたサキミの髪をくしゃくしゃにしながら、言葉を紡いでいく。
無感情で、無表情で。
まるで、あの頃に戻ったように。
「…死んだんだな、お前。窪田の白い悪魔の通り名で通っていた、あの平野桃華が。正直、実感はない。けど、証人がいるから、本当のことなんだろうな」
「…桃華さん、お久しぶりです。サキミです。ラナちゃんは今、めいどの世界で、元気に暮らしていますから、安心してくださいです」
「……もう、行くな。お前もさ、これ以上居てほしくないと思うし」
軽く拝んでから、俺はサキミを連れて、墓の前を離れた。
本当はもっと色々と言いたいこともあったが、いくらそのことを言葉にしたところで、桃華はそれに応えてくれることはない。
応えるのは、自分の中の、あいつだけだから。
「もういいの?」
近くに居た那美さんが、持っていた缶コーヒーを差し出しながら、そう尋ねた。
「はい。そっけないほうが、きっと桃華も望んでいると思うし、それに…」
「くしゅん。…え、えぅ〜」
恥ずかしそうに顔を下げるサキミに、俺はそっと、頭の上に手を置く。
「こいつが寒そうにしているんで。今風邪ひかれると、何かと不便ですから」
「不便?」
「うん。俺の周りの雑用とか、飯の支度とか」
「えぅ〜」
頬を膨らませて、サキミは眼で不満を訴えてくる。
「うふふ。本当、素直じゃないんだから。じゃあ私、近くのスーパーに買い物をしてくるから、ゆっくり戻ってきてね」
「わかりました」
「はいですぅ…」
「……なあ、サキミ」
那美さんが去ったのを確認して、まだ拗ねているサキミに、俺は声を掛けた。
「なんですか?」
「桃華に、何があったんだ? サキミは知っているんだろう?」
「…足を、切断する事故があったんです」
サキミはぎゅっと目を瞑って、右手で俺の袖を力強く握った。
「事故か何かか?」
「はいですぅ。私はその場にいなかったので、あまり詳しくはわかりませんが、桃華さんは、道路に飛び出した仔猫を助けるために、ご自分の身を犠牲にして、救ったんです。その際に、左足を切断、ってことでした」
「……そっか」
前に、桃華はこんなことを言っていた。
「私は、もう目の前で誰かが不幸になるのは嫌なんだよ。大切だった時間が無くなるのは、人間にとって、何よりも耐え難い苦痛だから」
だからあいつは、力を求めた。
強くなるために。
弱い自分をいなくするために。
暴走族に入ったのは、手っ取り早く、いろんな連中を相手に出来て、強さを手に入れられるからだった。
その結果が、窪田の白い悪魔の称号。
「一度は意識を取り戻して、しばらくは静養していたんですが、ある日、今度は自分から命を絶って、私たちの目の前で、逝ってしまったんです」
「なるほどな…。んで、ラナっていうのは?」
「桃華さんの守護天使です。白鳥のラナちゃんって言うんですよ」
「そっか……。あのときの白鳥が」
そういえば、俺も何度か、桃華が白鳥の世話をしているところをみたことがあったな。
あまり見られたくなかったようで、俺が見つけたときは、相当あせっていたっけ。
「その子は今、めいどの世界にいるのか?」
「はい。この世界には、もうラナちゃんのご主人様がいませんから」
「なるほどな……。きっと、辛かっただろうな」
「はいですぅ。私、今でもちょっとだけ、恨んでいます。ラナちゃんみたいないい子を置いて、逝ってしまったんですから」
「俺は桃華の気持ち、わかるけどな」
「ご主人様!」
「……冗談だよ」
サキミのあまりにもすごい形相に、俺は少し怯みながらも、あくまでも冷静に言葉を発する。
他人が自分のことで不幸になるのであれば、自分がいなくなることで取り除く。
確かにその考えは、俺にも十分にわかる。
ただ、所詮はわかるだけだ。
俺には、そんな覚悟はない。
今は、過去を清算するだけなのだから。
「……戻ろうか」
「はいですぅ」
俺たちは、もう一度合掌をして、その場を離れた。
<続>
後書き♪
K'SARS「やはり、暗くなってしまった」
ミナト「でも、作者さんにとっては、やりやすかったんじゃないですか?」
K'SARS「もとより、シリアス的な内容が得意だからな」
カナト「ラナ、可愛そう」
K'SARS「おっ、やっぱり心配か?」
カナト「そりゃそうだよ。ラナは、僕にとって、すごく大切な子だもん」
ミナト「あらあら、ラブラブね」
K'SARS「でも、出番がないんじゃどうしようもないよな」
カナト「ぐふぅ」
ミナト「それよりも、随分と前の作品の要素を加えましたね」
K'SARS「まあな。じゃないと、話が進まない」
ミナト「この話で、さらに桃華ファンを敵に回しましたね」
K'SARS「ふふふ。大丈夫だ。おいらには隠し玉があるからな」
カナト「隠し玉?」
K'SARS「ああ。着々と進行中だから、もう少し待ってもらう必要があるけど」
ミナト「早くしたほうがいいですよ」
カナト「その通り」
K'SARS「わーっているよ。さて、今回はこの辺でやめようか」
ミナト「では、また今度」