俺とサキミが突入すると、そこに広がっていたのは、エリナの服を強引に破いて、下着姿にしている野郎がいた光景だった。
「…えぅ」
それをもろに受けてしまって、サキミは固まってしまっていた。
うむ、なかなか良い育ちをしているようで。
って、俺は何をエリナの裸を評価しているのだろうか?
「誰だ、お前たちは?」
殺気をむき出しにして、エリナのご主人は尋ねてくる。
にしても、こいつ、どこかで見たような…。
「…奥村?」
俺が今まで交流してきた野郎のデータベースを検索をしているときに、相手が先に俺の名前を出してきた。
「…眞田か?」
野郎の声で、相手の名前と顔が一致した。
眞田弥彦。
高校が一緒で、野郎同士の交流の中では、こいつが一番親交を深めたやつ。
卒業してからは、それぞれ別の道を進み、一切の連絡をしていたかったが、まさかこいつがエリナのご主人とは思わなかった。
「お前、社会に復帰していたのか?」
「4年ぐらい前にな。それより、眞田。今のお前、すごくカッコ悪いぞ」
「う、うるせえ! これは、俺とエリナの問題だ。つうか、何でお前がここにいるんだよ?」
「俺は、こいつの付き添い」
と、未だ固まっているサキミを前に出した。
「え、えぅ〜」
しかし、サキミはすぐに後ろに下がってしまった。
こいつ、本当に上級援護天使なのか?
「…エリナがこいつに相談してきたんだよ。お前から、離れたいって」
「何だって? エリナ!」
「だ、だって、ご主人様のこと、もう、信じられなくなったんです! でも、ご主人様にそのことを言う勇気がなくて、それで、援護天使のサキミさんに相談したんですよ」
「てめえ…」
「おっと」
エリナに手を出そうとした眞田の腕を、俺は寸前に止めた。
「やめておけ。まずは、お前の過去に何があったのか、話してみ?」
「お前には、関係ないだろう…」
「あるさ。俺も守護天使のご主人だからな」
「奥村も、か。…わかった」
とりあえず、俺たちは眞田の家に上がることになった。
のだが、その前にサキミをなんとかしなくては。
「うり〜」
「へ、へぅ〜」
サキミの両頬をつねる姿勢を作り、それから、思いっきり横に引っ張った。
うむ、相変わらずよく伸びる頬じゃのう。
「ひゃにするんでしゅか〜?」
「ほれ、仕事なんだから、しゃきっとせんか」
「今回は、浩人に賛同だな」
いつの間にかカラス野郎に呼び捨てにされて、多少ムカッときたが、今はあえてスルーしておこう。
「わ、わかりまひた」
「よし」
ゆっくりとサキミから手を離して、それから、頭を撫でてやった。
「ほれ、いい子いい子」
「えぅ〜。私、子供じゃないですよぉ〜」
「まだまだ子供だよ。だから、俺が付いていてやるから、安心して、自分のやるべきことをやれ」
「ご主人様……。はいですぅ〜!」
元気百倍って感じで、サキミは小さくガッツポーズをした。
またやり過ぎてしまった。
そう思いながら、一緒に眞田の家に上がった。
「全ては、あいつが悪いんだ」
眞田と向かい合うように、俺とサキミ(+そら)。横に、予備の私服に着替えたエリナが座ったところで、ゆっくりと、真相が明かされた。
「21年前、俺はエリナのオリジナルの女性と出会った。彼女はもう大人の女性で、俺は思いっきりガキだった」
つまりは、小学1年か、2年の頃か。
「両親が共働きだったから、帰ってくるまで俺1人で家に居させるのは不安だからって、家庭教師をしていた絵里奈さんに、両親が勉強と面倒を見てくれるように頼んだんだ」
「エリナと同じ名前だったんだな。ところで、エリナの前世って、なんだ?」
「フェレットだった。絵里奈さんが来ないときに、やっぱり1人じゃ寂しいだろうからって、近所にあったペットショップから買ってきたらしい。俺はそいつに、絵里奈さんと同じ名前を付けた。今からにして思うと、淡い恋をしていたんだな」
眞田は、一瞬だけ昔を思い出したようだった。
きっと、フェレットのエリナと絵里奈さんが一緒にいる光景だろうな。
「いつまでも続くと思っていたんだ。楽しくて幸せな日々が。でも、それは突然、終わりを告げた」
そう眞田が言うと、すごい威圧感を出して、エリナを見た。
どうやら、ここからが本題らしい。
「ある日、絵里奈さんは突然、家庭教師をやめてしまった。両親は、遠くの街で先生をすることになったって言ったけど、それは嘘だった。絵里奈さんは、あいつは、男と遊んでいたんだよ!」
抑えていた感情を爆発させた眞田が、大声を出す。
「えぅ〜」
サキミは、そんな眞田が怖かったのだろう、また俺の後ろに隠れてしまった。
「そりゃさ、絵里奈さんは大人の女性だったから、そういう付き合いもあることは、今ならわかるけど、そのときの俺には、すごいショックだった。裏切られた気持ちで一杯だった」
「だから、同じ姿をしているエリナに八つ当たりしている、と」
「八つ当たりじゃない!」
「どこからどう見たって、八つ当たりだ。お前は、エリナに絵里奈さんの面影を重ねて、21年間の全ての負の感情をぶつけているだけだよ。違うか?」
「……どうして?」
自分の感情を手に取るようにわかられてしまったことに、眞田は動揺していた。
そりゃわかるさ。
今の眞田は、ちょっと前の俺なんだからな。
でも俺は、そのことを口には出さない。
変わりに、後ろに隠れているサキミを前に出して、そっと、頭に俺の手を乗せる。
「ご、ご主人様?」
「俺も、こいつにお前と同じことをしていたからな」
「そいつも守護天使なんだよな?」
「サキミっていうんだ。俺の可愛い、守護天使だよ」
「ご、ご主人様…」
目をうるませて俺の方を見たサキミは、自分の頬を俺の胸に押し当てて、すりすりとじゃれ始めた。
「でも前までは、って今もだけど、俺はこいつのこと、相当イジっていたんだ」
「え、えぅ〜」
ちょっと前のことも思い出したのか、サキミがまだ俺の胸に頬を押し当てながら、今度は少し震えた。
うむ、おもしろいやつよ。
「理由は、眞田と同じで、こいつのオリジナルに対する恨みからだった」
サキミのオリジナル、水波那美さんは、16年前に俺と付き合っていた女性。
当時は、近所にあった、それなりに大きな神社の巫女さんをしていて、よく境内で会って、色々と話したり、男と女のやり取りもした。
そこに、まだハトだったサキミがやってきて、2人と1匹の日常が始まった。
でもそれは、突然終わりを告げた。
ある日、俺がサキミと一緒に神社に行くと、那美さんはいつまでも現れなかった。
近所の人が言うには、彼女はアメリカへと留学してしまった。
何も知らされていなかった俺は、すごくショックを受けた。
それに追い討ちをかけるように、数ヵ月後に一通のエアメールが届いた。
那美さんからだった。
自由の女神をバックに、アメリカ人の野郎と女性たちに囲まれている写真が同封されていた。
一緒に付いてきた手紙には、こう書かれてあった。
「黙って留学したことは、どんなに謝っても許されることはないって思います。でも、どうしても叶えたかった夢なんです。だから、ひーくんも、これからは私のことを忘れて、自分のしたいことを、精一杯やってください。最後に、本当にごめんなさい。P.S. サキミちゃんにも、ごめんって伝えてください。 那美」
気が付くと、俺は泣いていた。
純粋に、悲しかったんだと思う。
恋人である俺に一言も言わないで行ってしまった彼女と、前から悩んでいたことを知っていながら、そのことを聞き出せなかった自分に。
次第に、彼女を恨むようになった。
サキミとの別れを境に、日増しに消していく彼女との思い出。
いや、記憶の片隅に追いやっていった。
でも、恨みの念だけはいつまでも消えないでいて、守護天使になったサキミに、昔の那美さんの面影を重ねて、俺が受けた全てを負をぶつけていた。
もちろん、多少なりとも手加減はしていたが、それでも、サキミにとっては、苦悩の日々が続いたと思う。
それを、エリナを見たときに、痛いほどに感じた。
「最近、ようやく思うようになった。こいつは、サキミなんだって。ハトのサキミでもなければ、昔の那美さんじゃない。1人の人格、この世でたった一人の、サキミなんだって。そう思ったらな、自然と負の感情をぶつけるのはやめていた」
「1人の、人格…」
「そうだ。お前に置き換えれば、エリナと絵里奈さんは違う人格なんだ。同じなのは、姿かたちだけだ。だから、お前がエリナに絵里奈さんに抱いた感情をぶつけるのは、間違いなんだよ!」
眞田の全身に響くようにと、語尾を少しきつめに言ってやった。
と同時に、俺も他人に説教するようになったんだなっと、客観的に自分を見ていた。
歳は食いたくないものだ。
「……エリナ、ごめん!」
顔を上げた眞田が真っ先にしたのは、隣にいたエリナに土下座だった。
どうやら、俺の説教は通じたようだな。
「そんな、ご主人様…。どうか、お顔を上げてくださいまし」
突然のことに、エリナは戸惑いを隠せないようだ。
まあ、いきなり土下座されたらな。
「私、ご主人様のそのお気持ちだけで満足ですから。だから、その、どうか、お顔を上げてくださいまし。お願いします」
「エリナ…。こんな俺を、許してくれるのか?」
「先ほども申しましたように、ご主人様のお気持ちは、確かに伝わりました。私も、出来ることなら、ずっとご主人様のお傍にいたかった。そしてわかってほしかったのです。私の思いと想いを」
「エリナ…。これからも、ずっと、俺の傍にいてくれな」
「はい。ご主人様」
2人はお互いに見つめあい、どちらともなく、自然と抱き合っていた。
そして、まるで見えない磁力が働いているかのように、唇が重なった。
「えぅ〜。うらやましいですぅ〜」
「さてと、邪魔者はさっさと退散しようかね」
「そうですね」
俺たちはそっと、眞田の家を出た。
「エリナ、可愛いよ…」
「あっ、そんな、そんなところを触られては…」
間一髪、本番前に抜けられたようだ。
眞田、エリナ。あんまりがんばり過ぎるなよ。
「う〜ん、なんか解決してしまいましたねぇ〜」
元の公園に戻ってきた俺たちは、近くの自販機で寒い体を温めていた。
「サキミは何もしていないけどな」
「えぅ」
「ったく、上級守護天使がこれじゃ、おいらの面子も丸つぶれだ」
「えぅ〜」
本来なら、サキミの力で解決しなければいけないものの、今回は、見事なまでに役立たずぶりを発揮してくれた。
しかも、ほとんど発言もしないまま。
正直、いるかいないかわからなかったな。
「反論は?」
「……ないですぅ」
「…まあ、次にがんばればいいさ」
「ご主人様…。ありがとうございますぅ〜」
だき。
目をうるうるさせながら、サキミは急に俺に抱きついてきた。
柑橘系のシャンプーの匂いと、サキミ自身の良い匂いが伝わってきた。
俺は、こんな可愛いやつを、ずいぶんとイジっていたんだな。
今になって、ひどく反省。
「うわ〜。ままぁ、あそこで抱き合っているよぉ〜」
ごく自然を装って、サキミの背中に手を回そうとしたときに、ガキが邪魔をしてくれた。
「え、えぅ〜」
トリップしていたサキミも、元に戻ってしまい、慌てて離れてしまった。
ったく、いいところだったのによ…。
「こら、佐希。あまり見ては駄目よ」
うん? この声、サキミに似ているような…。
俺は声のした方を見てみると、雪国全開の姿をした、30代前半ぐらいの女性と、いい場面を邪魔してくれたガキがいた。
目線をガキに合わせている女性の顔は、マジでサキミに似ていた。
今も、サキミと女性に交互に目線を変えている。
「あの、ご主人様。あの人、もしかして…」
「サキミもそう思ったか。多分、那美さんだろうな」
まだ推測の域は出ないけど、あれは水波那美さんだろう。
ガキは自前の子供だろうから、苗字は変わっていると思うけど。
最初、那美さんはアメリカに行ったはずだと思ったが、あれから16年も経っているから、日本に帰国していてもおかしくはない。
「どう、しますか?」
「……話しかけてみよう。サキミだって、那美さんと話ししたいだろう?」
「は、はいですぅ」
「それに、色々と聞きたいこともたくさんあるし」
どうして突然、俺の元から去ったとか、もう数え切れないぐらいある。
俺は、伊を決して、女性に話しかけた。
「あの、すみません」
「あっ、いえいえ。あの、私たちに気にしないで続けてくださいね」
「そういうんじゃなくて。あの、失礼ですけど、あなた、水波那美さんですか?」
「えっ? ええ、そうです。今は結婚して、神崎那美になりましたけど…」
誰ですか? という空気を全体から出していた。
あれからお互いに変わってしまったから、わからなくても当たり前だとは思うが、少し寂しい感じがする。
だから、あの日と同じように、こっちから挨拶をする。
「お久しぶりです。那美さん。俺、奥村浩人です」
「えっ? ほ、本当に、ひーくん?」
「マジですよ」
「うわ〜。久しぶりだねぇ〜。元気だったぁ〜?」
変わってないなと思いながら、16年ぶりの再会を喜んだ。
<続>
後書き♪
K'SARS「なんか、無駄に長くなってしまった」
ミナト「作者さん。このお話は、サキミさんの援護天使のお仕事のお話じゃないんですか?」
カナト「完全に関係ない話になっているんだけどさ」
K'SARS「結論から言うと、サキミは援護天使の1人での初仕事を失敗したわけだ。その変わりに、浩人くんがエリナさんとの仲を復旧させたわけ。お分かり?」
ミナト「ああ、そういうことですか」
カナト「じゃあこれは、浩人さんの為のお話じゃないの?」
K'SARS「主人公だから、活躍させたいじゃん」
ミナト「私の旦那様も、こうして必死にがんばってくれましたから、私はいいと思います」
カナト「まあ、ミナトさんが言うなら、いいけどさ」
K'SARS「あんまり気にすると、ハゲるぞ、カナト」
カナト「僕はまだ若いよ!」
K'SARS「さて、締め切りも近いから、今回はこの辺で」
3 人「でははん!!」