天使とのゆびきり

第5話 「援護天使の仕事・サキミ 前編」

「なあ、サキミのご主人」
「うん?」

 飯を食べようとしているときに、いきなりカラスに話しかけれた。
 今更なのだが、かなりずうずうしいやつだ。

「あいつさ、ここに来てからどうよ?」
「どうって、言われてもな…」

 ずるずる。
 味噌汁を飲みながら、数日のサキミとの生活を思い出していた。
 うん、うまい。

「使い魔の俺が言うのもなんだけど、サキミはかなりドジなやつだからよ。めいどの世界から出て行ってからのことが心配で仕方なかったんだ」
「確かにな…」

 狙っているだろう? と、疑問に思うぐらいに、サキミはドジだった。
 家にいるときには、ほぼ数時間に一回は「えぅ〜」を連発して、物が無くなっていた。
 よくそれで上級守護天使になれたなと、いつも思っていた。

「だけど、あいつはその分、努力はするんだ。どんなに失敗しても、諦めずに食らいついて、ほとんどの知恵を吸収する。今じゃサキミは、下級・中級の援護天使の憧れの的なんだよ」
「……ふ〜ん」
「なんだよ。それだけか?」
「何のコメントを期待していたんだよ? 憧れの的になっているのであれば、それでいいじゃねえか。実際にこうして、サキミに依頼してくるんだから」

 そらの言うことに興味がなかったわけじゃない。
 サキミは確かにドジだけど、その分の努力はしていることは、今までの暮らしの中で知っている。
 あいつはどんなに失敗しても、俺からイジられても、めげずに前へと向かっている。
 こっそりと、俺に隠れて泣いていることも知っている。
 楽しいと感じている。
 サキミは、俺に元気をくれる太陽みたいな存在だ。
 かつての那美ちゃんと同じように、俺を導いてくれる。
 幸せな気分になれるんだ。
 ……だからこそ、俺は無関心を装わないといけない。
 そうすることが、サキミにとっても、俺にとっても、平和に暮らしていくことの道になると思っている。
 じゃないと……。
 つんつん。

「い、いてぇ〜!」

 いきなり、頬に痛みを感じた。
 もちろん、隣にいたカラスの仕業。

「何しやがる、このくそカラス」
「その曲がりきった根性、おいらが叩きなおしてやる!」
 つんつん!
「こ、この!」

 ことごくつっついてくるそらに、俺は嘴を押さえてやった。

「む、むぐぅ〜」
「ふふ。しょせんは鳥よのぅ」

 嘴を押さえたそらは、羽をばたつかせるだけで、何も出来なくなった。

「さてと、どうしてやろうか…」
「ああー。ご主人様、駄目ですぅ〜」

 客間から現れたサキミが、俺からそらを取り上げた。
 ちっ、これからだというものを。

「そらちゃん、大丈夫ですか?」
「ったく、お前のご主人様、かなりの変わり者だな」
「うっせぇ」

 カラスごときから、変わり者だと言われたくねえ。
 つうか、お前が一番変わっているっつうの。

「ご主人様も、そらちゃんをいじめないでくださいよ」
「仕掛けてきたのはそっちだっつうの」
「おいらはおめぇのその腐った根性を叩きなおしてやろうとしただけだ!」
「…串に刺して、丸焼きにしたろうか、このくそカラス」
「そ、そそそそ、それだけは、やめてくださいぃ〜」

 何故か、そらの代わりにサキミがものすごい拒絶反応を起こした。
 そういえば、前に焼き鳥の映像が映ったときに、部屋の隅で震えていったっけ。
 なるほど、だからか。

「安心しろサキミ。カラスなんて焼いても不味いだけだ」
「なんだと!」
「なら、試しに焼かれてみるか? ああーん?」
「えぅ〜。仲良くしてくださいぃ〜。それと、朝ごはん、冷めてしまいますぅ〜」

 そうだ、朝食の途中だった。
 早く食べないと、仕事に遅れてしまうではないか。

「サキミ、ご飯のおかわり」
「あっ、は〜いですぅ〜」

 なくなった白米のおかわりを要求すると、サキミは俺の茶碗を持って、キッチンへと消えていった。
 すると、サキミに隠れて見えなかった、エリナがいた。

「よう。相談は終わったか?」
「……はい」

 怯えているように、エリナは返事をした。
 いや、怯えていたのだろう。
 俺を見る目が、まるで猛獣を見ているような目だったから。
 察するに、今回の依頼の内容は、自分のご主人様のことについてだろう。
 そして、さっきまで俺がサキミとそらをイジっていたから、余計、恐怖心に火がついた。
 まあ、そんなところだろうな。

「安心しろ。俺はお前さんに危害は加えないよ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。その辺については信頼してくれていい。なにより、今日初めて会ったエリナをイジる必要はないだろうが」

 そらについては、俺に喧嘩を売ってきたから買ってやったまで。
 それ以外では、いたって安全な人間だ。 

「はい。大盛りですよ〜」

 サキミがキッチンから出てくると、本当に大盛りにご飯を盛ってきた。

「……俺は大食いチャレンジをしているんじゃないぞ」
「ご主人様なら、これぐらい食べると思って…」
「……サキミ、ちょいちょい」
「えぅ?」

 無邪気に顔を近づけてきたサキミ。
 いつの間にか肩にとまっていたそらは、やめろーとブロックサインを送っているようだが、もう遅い。
 むぎゅ。

「へ、へぅ〜!」
「おお、伸びるな〜」

 さっきも確認したサキミの頬を、今度は少し多めに伸ばしてみた。

「ひゃ、ひゃめてくだひゃいぃ〜」
「何を言うか。これは立派な『しつけ』だぞ」

 びく!
 そんな音がするほど、エリナが激しく体を震わせていた。
 唇もがくがく震えて、目に見えない「何か」に怯えていた。

「え、エリナひゃん?」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい!」

 エリナは、部屋の隅に体を丸めて、必死に耐えていた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。何でも言うことを聞きますから。従いますから。だから、乱暴しないでください。お願いします。お願いします!」
「…エリナひゃん、毎日のように、ご主人ひゃまに暴力を受けているんですぅ」
「この手の仕事は、上級の、さらに経験を積んだ者にしか出来ないんだ。だからおいらは、サキミへとこの依頼を持ってきたんだ」

 自然とサキミの頬から手を離して、エリナの方を見ていた。
 それはかつての、あいつと重なっていた。
 俺が今までの人生で愛した、最高の女に。
 だた違うのは、イジめているご主人が、性質の悪いやつだということ。

「…こういう場合、援護天使はどうするんだ?」
「あれほどの状態ですから、ほとんど話し合いの余地はないと思います。ですから、なるべく穏便に、エリナさんをめいどの世界に戻すことが最善の余地だと思います」
「うん。妥当」
「……不安だ」

 家でのサキミの行動を見ている限り、これからすることに、一抹の不安を覚えてしまう。
 何よりも、エリナのあの怯え方を見る限り、そうそう容易く引き渡してくれるとは思えない。

「応援とかないのか?」
「おいらだ」
「……他には?」 
「いつもですと、下級か中級の援護天使が付き添いで付くんですけど、今回はかなり急なことですから、私とそらちゃんの2人だけですね」
「…絶対的に、不安だ」

 俺はテーブルの上に置いてあった携帯を取って、予め登録してあった番号へとかけた。

「ああ、俺だけど、今日のバイト、急にいけなくなったわ。マジだって。さっき急用が入ったんだよ。ああ。どうしても抜けれない。そういうわけだから、うん、ああ、そうしてくれ。じゃあな」
「あ、あの、ご主人様? 一体、何を…?」
「そういうわけで、俺も一緒に行くぞ」
「え、えぅ〜?」

 サキミとそらは、目が点になってしまった。
 まあ、いきなりそんなことを言われればそうなるわな。
 しかも、主人である俺が志願したのだから、驚きも倍増になるだろうな。

「あ、遊びじゃないんだぞ?」
「カラスが助っ人よりは、よっぽど役に立つぞ」
「えっと、ものすごく嬉しい申し出なんですけど、ご主人様を危険な目に合わせることはできません。それにこれは、守護天使の問題ですから」
「でも、エリナをあそこまで追い詰めたのは人間だ。それに、仲裁役も必要だろう?」
「…わかりました」

 サキミは、半ば諦め気味にそう言った。

「でも、私の指示には従っていただきます。よろしいですか?」
「ああ。異論はないぞ」
「エリナさん。ご主人様も付いていっても、いいですか?」
「……えっ?」

 かなり疑っている目をして、エリナが俺のほうを見た。
 私のご主人様と組んで、私をいじめようとしているのではないか?
 エリナの目から、そんなことを感じ取れた。

「大丈夫だ。俺はただの付き添いだ。子供が遠くに行くときは、保護者同伴は当たり前だろう?」
「えぅ〜。私、子供じゃないですぅ〜」
「心身、そして、言語からして、十分子供だ」
「えぅ〜」
「それについては、おいらも同感」
「もう、そらちゃんまで…。ぷんぷん」

 頬を膨らませて講義するサキミだが、その行動が余計幼くしている。
 ふっ、まだまだおこちゃまよのう。

「あの…」
「あっ、ごめんなさいですぅ。エリナさん、どうですか?」
「…ちゃんと仕事をしてくだされば、何も問題はないです」
「そうですか。では、ご主人様も連れて行くということで。そらちゃん、お願いね」
「はいよ」

 そらが天井近くまで飛び上がると、俺たちの体が金色の光に包まれた。

「一気に行くぞ」
「ご主人様。今からテレポートをしますので、じっとしててくださいね」
「お、おう」

 まさか、現実の世界でテレポートを味わうことになるとは思わなかった。
 ずっと空想の世界の出来事だと思っていて、20才の後半になってほとんど興味がなくなったが、いざこうして本物を体験できるとなると、わくわくした気持ちになる。

「目的地、エリナのご主人様がいる家の近くの公園!」
「テレポート、承認! ですぅ〜」

 サキミの承認をそらが了解すると、俺たちの体は金色の光に包まれた。
 そして次に見た光景は、雪が降りしきる、どこか懐かしい公園だった。


<続>


  後書き♪

K'SARS「サキミ編も、いよいよいい場面に入ってきたな」
ミナト「あら? このてんゆび、章づけなんてしていたんですか?」
カナト「知らなかった」
K'SARS「ふふふ。キャラごとにストーリを進めて、最終章の手前で合流させるという、今までにない切り口なのさ」
ミナト「でも、ゲームでそういうのありましたよね?」
カナト「ドラ○エだったような気がする」
K'SARS「い、いいじゃないか。俺にとっては、初の試みなんだから」
ミナト「では、サキミちゃんの章が終わったら、サキミちゃんはどうなるんですか?」
K'SARS「とりあえず、しばらくは消えてもらうかな」
カナト「サキミさんの熱狂的なファンからクレーム来ますって」
K'SARS「その分、他のキャラにでも萌えてもらうさ」
ミナト「それで、作者さんが今、ものすごく熱中しているキャラは、いつ出るんですか?」
カナト「正確には、彼女のオリジナルに、だけどね」
K'SARS「もちろん最後だ」
ミナト「それまで、どういう展開になるのか、楽しみですね」
カナト「ですね」
K'SARS「そういうことなんで、今回はこの辺で」
ミナト「でははん!!」

 


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