「…サキミ、か」
部屋を暗くして、闇が部屋の中を包んでしばらく経ったと思うときに、ふと目が覚めて、隣りで眠っている少女の名前を呟いてみる。
「すぅ〜」
……本当に隣りで眠ってやがる。
暗くてよく顔はわからないが、健やかな寝息を立てている。
俺はあの人の寝顔は見たことなかったが、きっと、こういう風に眠っていたんだと思う。
明日という日を楽しみにして、夢の中に意識を漂わせている。
そんな当たり前のことが、改めて、生きていることなんだと思う。
ここにいるサキミも、当たり前の世界で、いい夢を見ているのだろうか?
って、そんなことはどうでもいい。
いつの間に、俺の隣りで眠ってやがるんだ。
こいつ、俺の忠告を無視しやがったな。
…お仕置きしてやる。
「とお!」
俺は、サキミの毛布を強引にぶんどった。
部屋の中の温度は、ほとんど外温と変わらない。
おまけにサキミの格好は、俺のシャツを上に着ているだけで、あとは下着姿。
そんな状態だと、いくら守護天使とはいえ、耐えられないはずだ。
案の定。
「……えぅ〜」
まだ目覚めていないのに、サキミの口からは、今日で何回目かの口癖を発しつつ、手で毛布を探す。
俺はわざと手の届くところに毛布の端を置く。
すると、サキミの手は毛布を掴んで、自分の体に引き寄せる。
無論、そのまま返すなんていうことはしない。
これはお仕置きなのだから。
「うりゃ」
思いっきり力を込めて、サキミの手から毛布を引き離し、後ろへと置く。
「えぅ〜」
あまりの寒さに、今度は目覚めたようだ。
むくっと起きて、きょろきょろと周りを探す仕草をした。
しかし、あまりにも表情がわからないので、俺は電気をつけた。
「えぅ」
目に入った突然の明かりに、サキミは思わず目を細めた。
「よお。起きたか?」
そろそろ目が慣れてきたところで、極めて自然を装ってサキミに話しかける。
「ご、ご主人、さまぁ?」
まだ寝ぼけているのか、やけに語尾が伸びている。
そういう仕草に弱い俺は、一瞬ニヤついてしまったが、すぐに元に戻す。
「ところでお前、なんで俺の隣りに寝ていたんだ?」
「ふえ? ……えぅ〜」
状況を理解したのか、サキミはものすごく困った顔をする。
すごくわざとらしい。
「さてと、説明してもらおうか、サ・キ・ミ・ちゃん!」
「え、えぅ〜!」
軽く怒気を含めて言い放つと、しどろもどろになって涙目になるサキミ。
ぐはは。なんて面白いのだろうか。
これぞ、蛙を睨んだ蛇の気持ちと表現するべきか。
さてと、これからじっくりと責めて、ゆっくりとちょ…。
あ、あかん、また変なことを想像してしまった。
いくらなんでも、俺はそこまでするほど悪趣味じゃない。
「さあ。どうなんだ?」
「え、えっと、き、気が付いたら、ここに…」
「ほほぉ。お前は夢遊病があるんだな。それなら、すぐに病院にいかないとな」
「えぅ〜。ご、ごめんなさいです」
「ほれ。さっさと本当のことをいう」
「は、はいですぅ〜」
羽織っているシャツを寄せるように掴んで、サキミは申し訳なさそうな顔をして、俺の方を見た。
「本当は、ご主人様と一緒に寝たかったんです」
「でも俺は、別々に寝ようって言ったんだぞ」
そうしないと、理性を保てるか不安だった。
もちろん、襲う気なんてさらさら…ないとは言えないけど、それでも、夜這いをかけるような真似はしたくない。
だから安全策として、そう提案したんだ。
「私も、そのことには異論はありませんし、むしろ、そうすることは自然だと思います。けれど、感じたいんですよ。ご主人様の匂いを。温もりを。守護天使にとって、ご主人様を感じることは、一番大切なことなんです」
「つまりは、襲われてもいいってことか?」
「そ、そういうことではなくて…。そ、それは、ご主人様になら、その、いいですけど。その…。えぅ〜」
あっ、限界を超えてしまって、泣いてしまった。
こいつは、あんまり打たれ強くないようだ。
「…最後まで、言えよな。そうじゃないと、何もわからないぞ」
かつて、サキミと同じ姿をした女の人と同じ事を言った。
優しくするだけが優しさじゃない。
時には突き放すことも大切だ。
それが、俺の心に中に強く残っている信念だ。
「えぅ。……それ、に、私が、ご主人様のベッドで眠るのは、やっぱり、その、反対じゃないかって、思って」
「あのな。じゃあ、お前はこんな中で眠れるのか?」
自分でも言うのはなんだが、ここは人の生息しているような場所じゃない。
唯一まともなのは、ベッド周りだけ。
ベッド以外の場所にサキミを寝かせたら、きっと息苦しくてしょうがないだろう。
「私のことなら、気になさらないでください」
「そういうわけにもいかないだろうが。今日からここで暮らす以上、お前は、俺の家族なんだからな」
「家族…」
「ああ。1つ屋根の下で暮らすんだから、家族だろう? それとも、そういうのは、嫌いなのか?」
「す、好きです! 大好きですぅ〜! た、ただ、ご主人様と家族だって思っただけで、その、すごく嬉しくなって」
「大げさだっちゅうの」
そういえばあの人も、こうして大げさにいうことがあったな。
別々の性格だと聞いたけど、微妙に似ているんだな。
「さてと、今度こそ、ちゃんと寝るぞ。さすがにこれ以上、目の保養になる格好のサキミをそうさせておくわけにはいかないからな」
「え、えぅ〜」
サキミは、俺のシャツを思いっきり引っ張って、下着を隠そうとする。
なんとまあ、これはこれでかなりいいのだが、さすがに表には出さないでおこう。
「ほれ。さっさと眠る。もちろん、俺のベッドに、な」
「わ、わかっていますよ」
一瞬、俺の方に来ようとしたサキミに圧力をかけて、寝たのを確認したら、電気を消した。
「あっ、そういえば、ご主人様」
「うん?」
意識を夢の中へ飛ばす直前に、サキミが話しかけてきた。
「あの、ゆびきり、しませんか?」
「ゆびきり?」
「はい。私、一度やってみたかったんですよ」
「でもな、何の約束をするんだ?」
約束がなければ、ゆびきりも爪切りもない。
「ふえ? そうなんですか?」
「ああ。なんだ、知らなかったのか?」
「えぅ〜」
多分、かなり基本的なことなんだが、メイドの世界とやらは、そういう些細なことを教えなかったのだろうか?
「…だったら、俺と1つだけ、約束をしてくれ」
「は、はい!」
サキミが現れてから思っていたこと。
それはきっと、俺の本心じゃないかも知れない。
でも、今の俺にとって、精一杯の気持ちだから。
ゆびきりなんてしなくても、本当はいいのかも知れないけど、サキミのために、もう何年もしていないことをするのは、あまり悪くないと思った。
「ずっとなんて言わない。俺はこういう性格だから、きっと、迷惑を多々かけて、嫌になってしまうこともあると思う」
「そ、そんなことは…」
「だから、サキミがここにいたいと思わなくなるまで、一緒に、暮らしていくことを、約束してほしい」
「ご主人様…」
「いいか?」
「は、はい!」
暗闇の中であまり表情はわからなかったが、きっとこいつのことだから、満面の笑顔で頷いているだろう。
「じゃあ、ほら」
俺は宙に右手をかざして、小指を立たせる。
「ふえ? なんですか?」
「お前の小指を俺の小指にからめろよ。そうじゃないと、ゆびきりにならないだろうが」
「えぅ〜。暗くて、どこにご主人様の小指があるのか、わからないです」
「ったく、ほら」
勘でサキミの手を取って、無理やり、小指を絡める。
「ああ、これが、ゆびきりですか」
「お前は最後だけ、「ゆ〜びき〜った!」って、言えばいいから」
「わかりました」
「……やっぱり、やめようかな」
この年でこれは、かなり恥ずかしいものがあるな。
「えぅ〜。途中でやめないでくださいよ」
「へいへい。では。ゆ〜びき〜りげ〜んまん。う〜そついたら、タバスコ千本、の〜ます」
「えぅ〜。そ、そそそ、それだけは、勘弁ですぅ〜」
なんか間違っているような内容に、真剣に動揺しているサキミに、俺は一瞬引いてしまう。
こいつは、冗談が通じないのだろうか?
まあ、いいや。一応、最後までやろう。
「じゃあ、一緒にな」
「は、はい」
「せ〜の」
「「ゆ〜びき〜った!」」
俺とサキミは同時に小指を離した。
これで、約束は取り交わした。
「えへへ。出来ました〜」
「よし。今度こそ、寝るぞ」
「はい。えっと、おやすみなさいです。ご主人様」
「今度俺の隣りに寝ていたら、雪だるまの中に入れてやるからな」
「えぅ〜。お、おやすみなさい!」
サキミは慌てて、バサっていう音を立てて、眠りについたようだ。
「ふぅ〜」
見慣れた天井を見ながら、俺はこれからのサキミとの生活に、少しだけの、淡い期待を込めて、眠ることにした。
<続>
後書き♪
K'SARS「物語の本質に触れたぞ」
ミナト「最後だけでしたけどね」
カナト「というか、この話しの意図はなんだったの?」
K'SARS「わからぬか、カナトくんよ」
カナト「僕としては、ただ単に、作者さんがサキミさんのキャラを前面に出したようにしかわからないんだけどね」
ミナト「多分、それで合っていますよ」
カナト「ですよね」
K'SARS「いいんだよ。これはこれで」
ミナト「さて、これからサキミちゃんとの生活が始まるんですね」
カナト「残りの2人も、早く書いてね」
K'SARS「ああ。まかせてくれよ」
ミナト「さて、今回は私ですね。せ〜の。でははん!!」