「言っとくが、驚くなよ」
家に入る前に、一応、俺はサキミに忠告をする。
「えっ? は、はいです…」
後ろで不安になるサキミを尻目に、俺はドアを開ける。
多分、俺以外の人類がこの家に入るのは初めてだと思いつつ、歩を進めて、電気をつける。
「えっと、お邪魔します」
律儀に玄関の前でぺこりと挨拶して、サキミも続くように入る。
育ちがいいのか、きちんと揃える。
まあ、それが当たり前か。
廊下の電気もつけて、俺たちはリビングへと入る。
「適当に座ってくれ」
「あっ、は………い」
かなり間の空いた返事。
自分で言うのもなんだが、その気持ちはよくわかる。
しかし、俺はそんなのにかまうことなく、コートを脱いで、ファンヒーターをつける。
それからキッチンへと行って、ビールとオレンジジュースの缶ジュースと、おつまみのジャーキーを持って、リビングのテーブルのある場所に座る。
「ん? どうした?」
「い、いえ。その…」
「適当に座ればいいんだよ。ほら」
「えぅ〜。わ、わかりました」
サキミは困り果てながらも、なんとか俺の対面に座った。
「これ、プレゼントです」
「そういえば、バイトのときも言っていたな。何をくれるんだ?」
「開けてみればわかりますよ」
「お約束だな。じゃあ…」
俺は少しだけうきうきな気分になりつつ、プレゼントに手を出す。
包装紙を丁寧に剥がすと、、白い箱が出てきた。
さて、なんだろうな?
がば!
勢い良く、上箱を取り除いた。
「おお…」
思わず出た、喚起の声。
「気に入っていただけましたか?」
「75点ってぐらいだな」
「じゃあ、概ね気に入ってくださったんですね」
「肯定だ」
サキミがくれたのは、前からほしいと思っていた腕時計だった。
耐水耐圧に優れて、それでいて、デザインも悪くない。
俺みたいな貧乏人は、届きそうで届かないものだった。
「ありがたく、使わせてもらうな」
「嬉しいです」
心の底から笑顔になるサキミ。
遠い日。
確かに、サキミと同じ姿をした少女は、同じ笑顔をしていた。
記憶の中で、俺に向けていたもの。
「…それで、話してくれるんだろうな? お前が、俺のところに来た理由」
「…はい。全てを、お話しします」
サキミは改めて座り直して、真剣な目で俺を見る。
空気が、一瞬だけ引き締まる。
「ご主人様。お久しぶりです。私はかつて、16年前にあなた様にお世話になった、ハトのサキミです」
「ああ。懐かしいな」
家に戻ってくるまでに、少しだけ思い出した、大切な日々。
年上の、天然系の女の子と過ごした、人生の幸せの断片。
「私は、守護天使として、あの日のご恩を返す為に戻ってきました」
「恩、か」
「はい」
迷いの無い瞳。
胸が締めつけられるぐらいの、真っ直ぐな眼差し。
…ムカツクぐらいに。
ぽか!
「えう〜」
「あっ…」
何時の間にか、俺の拳がサキミの頭を叩いていた。
まるで、そうしないといけなかったように。
「ひ、ひどいですぅ〜」
「…悪いな」
叩いてしまった右手をすばやく引き、反対の手でサキミの頭を撫でようとした。
のだが…。
ゆさゆさ!
「え〜う〜」
かなり激しく、サキミの頭を横に振ってしまった。
な、何故に?
「うう、頭がくらくらしますぅ〜」
「言っとくが、わざとじゃないぞ」
それだけは本当だ。
何やら、体が勝手にサキミに危害を加えてしまうのだ。
いや、サキミにではないな。
…やっぱり、体は覚えているんだな。
「…なあ、腹、空いていないか?」
「えっ? す、少しだけ、ですけど…」
「そか。じゃあ、今から作るから、少しだけ待ってな」
「わ、私が作りますよ」
「いいよ。だって…」
俺はサキミと一緒に、キッチンという位置づけがされている場所に行く。
「…えぅ〜」
その場所を見たとき、サキミは一瞬にして固まり、ものすごい涙目になる。
まあ、わからなくもない。
「こんな状態じゃ、どこに何があるかわからないだろう?」
「そ、そうですね…」
「だから、今回は俺が作るよ」
「お、お願いします…」
「ああ」
サキミを部屋に戻して、俺は調理を開始した。
「援護天使?」
ご飯を食べた後、サキミが自分のことを話し始めた。
メイドの世界とやらに逝って、俺に、動物だった頃に受けた恩を返すためにたくさんの修行をがんばったということ。
どうして、サキミがあのときの少女の姿をしているのか。
少しだけ、遠い日の記憶が甦ったが、すぐに頭の中から消した。
そんなとき、サキミの口から、守護天使とは違う言葉が出た。
「はい。私、ご主人様に会うためには、もっとがんばらないとって、思いました」
「別に、そんなに張り切らなくてもよかったのに」
「えへへ。ありがとうです。それで、そんな私に、メガミ様が声をかけてくれたんです。『もっと、高みを目指してみませんか?』って。私は、すぐに返事をしました。修行は厳しいものでした」
「具体的に、どんな感じなんだ?」
「現世に転生した他の守護天使たちのサポートが主な役目です。下級から上級まであって、私はその一番上の位の上級援護天使の称号を持っています。相談を受けたり、生活環境を改善したり、時として、ご主人様の元から守護天使を引き離すことが出来ます」
正直、あまり理解できなかった。
守護天使ということすらあまり理解できていないのに、さらに他の事を言われると、これほど意味不明なことはなかった。
唯一理解できたのは、うぬぼれかもしれないが、サキミが俺のためにがんばってくれたということ。
やっぱり、それはすごく嬉しいことで、久しく忘れていた感情が甦ってきた。
「そっか。がんばったんだな」
「はい!」
大好きだった笑顔。
サキミは、今までの苦労が労われたことが、すごく嬉しかったのだろう。
ただ、俺という人間は、とことん捻くれた性格の持ち主で、一言加えないと気がすまないらしい。
「でも、もうちょっと他のところをがんばってくれればな…」
「ふえ? ……えぅ〜!」
サキミはあわてて、自分の胸を隠した。
「まあ、サキミの年齢なら、そのぐらいがちょうどいいのかな」
「え、エッチですぅ〜」
「野郎はそんなものだよ。それに、これからそんな俺と暮らして…」
そこまで言いかけて、俺は気がついた。
ここに、どうやって寝るスペースを作ろうか?
元々この部屋には、誰かを上げることを想定していないものだから、俺1人がやっと寝れるようなスペースしかない。
しかし、一緒に寝ることだけは避けなければならぬ。
さすがにそうなったら、理性を抑えることはしないと思うから。
「なあ、サキミ」
「えぅ〜」
顔を膨らませて、未だに胸を隠している。
思わず、可愛いな思ってしまう。
「そんなに警戒するなよ。お前、今日は俺のベッドで寝てくれ」
「ふえ? じゃあ、ご主人様はどうするんですか?」
「俺はその辺にでも寝るよ。おら〜!」
さっきまで座っていた場所を、速攻で蹴散らして、一応寝るスペースを作る。
「毛布が一つあるから、それをかぶれば大丈夫だ」
「そ、そうですか…」
「さてと、風呂に入って寝るか。といっても、シャワーだけどな」
「そうですね」
「先に入れよ。というか、お前、着替え持ってきているのか?」
「はい。ちゃんと、ここに…」
サキミはプレゼントと一緒に持ってきたスポーツバックを開けて、中身を確認する。
「……えぅ〜」
そして、固まった。
「もしかして、ないのか?」
「だ、大丈夫です。いざとなったら、えい!」
「のわ!」
いきなり、サキミから煙が吹き上げた。
そして次の瞬間には、いきなり下着姿になったサキミが現れた。
「こんな風にすれば、着替えなんていらないので、大丈夫です」
「……お前、寒くないのか?」
目ではそこそこ育ちがいい体を凝視しながら、至って冷静に言い放つ。
「ふえ? ………えぅ〜!!」
近くにあった毛布を体に包んで、思いっきり涙目になって座り込む。
「自爆にしては、かなりサービス心旺盛だったな」
「ち、違いますぅ〜。えっと、えっと、えぅ〜」
やばい、泣いてしまった。
なんか、俺は何もしていないのに、どうしてここまで、申し訳ない気持ちが強く出てしまうんだろうか?
「いっとくが、俺は何もしていないからな」
「わ、わかっています。でも…」
「いいから。さっさと、シャワーを浴びて来い」
「は、はいですぅ〜」
サキミは、毛布をかぶりながら、ユニットバスへと消えていった。
「……大丈夫なのかよ」
そう思いつつ、俺はサキミが上がるまで、テレビを見て時間を潰した。
<続>
K'SARS「久々に長くなってしまったな」
ミナト「それにしても、サキミちゃんの可愛さを凝縮しましたね」
カナト「ちょっと、お色気を出したけどね」
K'SARS「もとより、サキミとはそんなキャラだったんだ」
ミナト「でも、変身したのが下着姿というのは、少し暴走したんではないんですか?」
K'SARS「う〜ん、そうかもしれない。だが、このぐらいしないと、サキミの味は出ないのだ」
カナト「正直、あの人でやったら殺されるからね」
K'SARS「ああ。それだけは避けないといかん」
ミナト「ほらほら、さっさと次を書いて投稿しませんと、後が詰まりますよ」
K'SARS「そうだな」
カナト「ちょっと残念かも」
K'SARS「でははん!!」