「うおお、気持ち悪ィ。ぶにょって感触だったぞオイ」
少女は呆然としたまま、その背中を見つめていた。
突然の乱入者。<化け物>を蹴り飛ばした人物。
その人物が肩越しに少女へと振り返った。
「もう大丈夫だ。見てな。あんなキモいヤツ、俺がブッ飛ばしてやらァ」
そう言って、屈託なく笑う。
この場にあまりにも似合わない表情に、少女の緊張が一気に解ける。
ぐらり、と視界が傾いた時にはもう遅かった。
意識が遠ざかる。視界が一瞬で闇に包まれる。
朦朧とする意識の中、あの恐ろしい<化け物>と、自分を護るように対峙する背中が見える。
ああ、わたしは気を失うのだ。そう認識した瞬間、その言葉は無意識に口から出た。
「あなた・・・誰・・・?」
「坂下恭一。まあ、私立探偵みたいなもんだ」
最後の一瞬。すべてが闇に包まれる、その直前。
「安心してくれ。こいつは悪い夢だ。目が覚めたら元の日常に———」
自分に向けてほほ笑む男の姿を見ながら、少女は意識を手放した。
「こんな女の子追い回して愉しむ、か。趣味悪ィな」
右手にぶら下げた散弾銃、ベネリM3を肩に乗せ、坂下恭一は言った。
「GURUUUUUUUUUUU・・・!」
<化け物>が低く喉を唸らせる。腰を落とし、腕を地面につけた、今にも飛びかからんとする体勢。
対する恭一は構えすら取らない。M3を肩に乗せたまま、左足を前に出した半身の姿勢で<化け物>を睨んでいる。
「どうした、来いよ」
左手で手招きをする。その挑発に応じるように、<化け物>は深く体を沈ませ、
「GYAAAAAAAAAAAAOッ!!」
恭一へと跳躍、鉤爪でその喉を切り裂かんと躍りかかる———!
だが恭一は動かない。回避も迎撃も行おうとせずに、不敵な笑みを浮かべ、自らの首を刈りに来る<化け物>に視線を送り続けている。
距離が一瞬で詰まる。残り3メートル。2メートル。1メートルを切り、<化け物>の爪が無防備な頸動脈めがけて振り下ろされる。
殺った。<化け物>が確信を抱き、確信が現実に変わる。その寸前。
「我は守護を司る者。五芒の印を以て、邪(あ)しきものを封ずる者也」
澄んだ声が響いた。恭一でも、気絶している少女でもない、女の声だ。
同時に、恭一を中心として円状に光が走る。円の内側にも5本のラインが走り、星を形作った。
恭一に襲いかかる<化け物>がそのラインに触れた瞬間、<化け物>の動きが停止する。
停止した、というのは正しくない。今も<化け物>は体を動かそうと必死に足掻いている。止まった、ではない。止められた。動きを封じられたのだ。
「あまり簡単に誘いに乗っちゃいけません。わたしみたいに、罠が仕掛けられてるかもしれませんよ?」
恭一の後方。気を失った少女よりも向こうから現れた声の主は、人差し指を立て、子供に注意するように言った。
セミショートの黒髪を揺らし、恭一の横へ並ぶ。
彼女は<燕のナギサ>。坂下恭一を主とする、守護天使である。
「捕縛結界。対象を絡め取る結界です。もう、動けません」
「ウチの助手は結界系が得意でね。どうだい?一瞬で狩る側から狩られる側になった気分は」
恭一が<化け物>にゆっくりと近付き、その額に銃口を押し当てる。
<化け物>が咆哮する。結界の捕縛から逃れようと、足掻いて、足掻いて、足掻いて、
「くたばれ」
銃口から放たれた九つの弾丸によって、頭部を粉砕された。