Unsung Heroes

第1話「銃口は闇夜に踊る」

この町には、一人の魔術師が住んでいる。
科学と魔導を駆使し、闇に潜む邪(あ)しきモノを撃ち滅ぼす。
故に、人呼んで<退魔探偵>
故に、人呼んで<ホラー・ハンター>

 

彼の名は———

episode:1

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ・・・!」

 もう少しで日付が変わろうかという時刻。大通りから離れた裏路地を、必死に駆ける少女がいた。
 高校生程の年齢だろう、ブレザーに身を包んだ少女は、脇目も振らず走り続ける。
 心臓がうるさいくらい鳴り響き、肺は酸素をよこせと喚き立てる。足も休ませろとうるさい。
 だが立ち止まり休む暇などない。止まれば瞬く間に追いつかれ、<喰い殺される>。
 彼女は見てしまったのだ。あの二足歩行の<化物>の食事を。
 ほんの数刻前までは恐らく人間であっただろう肉片を、がつがつと貪り喰らう様を。
 そして、黒一色に染まる貌が、新たな獲物を見つけた愉悦に歪むところを———。

「助っ・・・はぁっ、けて・・・!」

 走る、走る、走る。
 十字路を曲がり、水溜まりを踏み越え、木の枝で腕を切り———なお走る。
 自分が必死に逃げているだけで、実は<化物>など追ってきてはいない。そんな考えも一時は浮かんだ。
 だが、アレは確実にいる。背後から聞こえる獣にも似た息遣いが、腐敗したような異臭が、アスファルトを蹴る音が、その存在を真実だと告げている。
 彼女の後ろを、まるで逃げる餌を追い回して遊ぶように、付かず離れず追ってきている———。

「はぁ、はぁ、はぁっ・・・あうっ!?」

 視界ががくりと落下する。そのまま地面へと体を打ち付けた。転倒したのだ。
 全力疾走を続けた疲労からか、起き上ろうとしてもなかなか体がいうことをきかない。立ち上がろうともがいて、もがいて、

もがいて———振り返った一瞬、自らを追い立てていた<ソレ>と目があった。
 否、目があった、というのは正しくない。その<化け物>には、目など存在しない。
 眼だけではない、鼻も、耳も———赤い亀裂のような、鋭い牙の並ぶ口以外は、<化け物>の頭部に存在していなかった。
 だが<化け物>は確かに少女のいる位置を、その姿を、その怯えを認識している。一歩一歩、少女を手にかけるまでの間を愉しんでいる。

「あ、ああ・・・嫌ぁっ、誰か・・・!」

 体毛の存在しない黒くぶよぶよとした表皮。肉を引き裂く為の鉤爪。水掻きのような膜の付いた足。
 <化け物>から逃れようと必死に後ずさる。だが化け物はたやすく距離を詰め、少女の首に手を伸ばし、

「誰か助けてぇっ!!」

 

 

 


「助けるさ」

 

 唐突に現れた何者かの跳び蹴りを受けて、吹き飛んだ。

 


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