しばらくの静寂、異質の彫刻家が醸し出していた異様な空気が薄れていくと、ようやくユーイチお兄ちゃんがこちらに気づき、口を開いた。
「美月……真純も……居たのか。」
「あ、ええーっとぉ〜〜〜のぞき見するつもりはなかったんですけど、あ、そう。この猫につれてこられまして……あはは」
真純お姉ちゃんの弁解を、ユーイチお兄ちゃんは無視して、自分の飼い猫に向かって声を掛けた。
「ティコ……おまえは余計なことをしなくていい」
主人にたしなめられたティコは、ニャアと鳴いて頭を垂れた。まるで、主人の言葉を理解しているかのようだった。
「ティコって、ユーイチお兄ちゃんの言うことが分かるの?」
「ご想像にお任せする。ところで……真純とやら」
「あ、はいー♪ なんですかユーイチお兄様☆」
「親父さん、このペンダントについて、何か言ってなかったか? いつ頃手に入れたとか……」
聞かれた真純お姉ちゃんは、少し不機嫌そうな顔をして、答えた。
「うーん、親父からは何も聞いてないです。あいつとはめったに口聞かないんで。あいつがそんなペンダント持ってたのなんて今初めて知ったし」
「そうか……」
ユーイチお兄ちゃんは、彫刻家から渡されたペンダントを目前にかかげ、ペンダントの透明なルビー石を通して天使像を眺め始めた。
天使像は赤い輝きを放ち、ルビー石の形に応じて形を歪めて彼の目に映っているに違いない。
しばらくして、天使像の観察を終えると、ユーイチお兄ちゃんは私たちに語り始めた。
「このペンダントはな……俺が絵理にプレゼントしたものだったんだ」
「絵理って、この前話してくれた、お兄様のガールフレンドの人?」
「ああ……」
「えー、それが、どうしてあたしの親父が持っていたのかな」
「俺も、その答えを知りたい。絵理が交通事故で死んだとき、そのどさくさで彼女が身につけていたペンダントもどこかへ行ってしまった……それを誰かが拾って、めぐりめぐっておまえの父親が手に入れたのか……」
「で、でも……よかったじゃないですかぁ。無事にお兄様の元に帰ってこれたんだし♪ 傷とかついてませんでした?」
「ああ、傷一つついていない。事故や人の手を巡ってきた割には……こいつは、運がいい。」
ユーイチお兄ちゃんはペンダントの形や重さを確かめるように何度も手のひらでペンダントを転がしている。ペンダントに取り付けられたルビー石はエントランスの照明の光を屈折させ綺麗に輝き、そのルビー石の奥にはなにやら黒い地で模様が施されていた。
「綺麗ですよねー。そのペンダント、どこかで買ったんですか? すんごい高いのかな〜♪」
「いや、これは買ったんじゃないんだ。ある人から貰ったものでな」
ユーイチお兄ちゃんはペンダントをポケットにしまい込むと、つぶやいた。
「いくら大金を積んでも、こいつを買うことはできん。それだけの価値があるんだ」
「ユーイチお兄様と、エリさんの愛の結晶ですもんねー。キャーいいなぁ♪ あたしもユーイチお兄様との愛の結晶欲しい〜!」
あきれ顔で、ユーイチお兄ちゃんは歩き始めた。
「今日も来るんだろう? 俺の部屋に」
「はーい!」
「しかたない、来い」
「わーい!」
「やったね、お姉ちゃん!」
元気いっぱいの真純お姉ちゃんの後をついて行って、私はこれからの楽しい数時間が待ちきれなかった。
ユーイチお兄ちゃんとティコと真純お姉ちゃん、そして私。この4人の時間はあとどれくらい過ごせるのだろう。
お父さんが、許してくれればいいのだけど……。