「へえ〜、嬢ちゃん、また新しいお友達ができたのか」
私たちは羽崎家の正門に面した道路へ移動し、談笑を始めた。健介お兄ちゃんは相変わらずのレッドのスポーツウェア姿。やたらと目立つ色彩だが、部の指定色なのだという。ちなみに犬のロックの方を見れば、彼を繋いでいる手綱もまた赤だった。
お兄ちゃんの隣には、私の予想しなかった人物が居る。赤い運動着と対照的な、黒ブレザーの制服。若干背丈の低い彼は健介お兄ちゃんの友人で、女児二人相手ににこやかに話す自分の友にやや当惑している様子だった。しかしそんな事をいちいち意に介す健介お兄ちゃんではない。
「いやぁ〜、まさかこんな所で嬢ちゃんに会えるとはねぇ。確かこの豪邸、あの羽崎ってやつの家じゃなかったっけ」
「あ! ユーイチお兄様の事知ってるんですか? もしかしてご学友? いいなぁ〜」
「お兄様って……お、おい。あんな奴のどこがいいんだ?」
細かい事を気にしない性格同士なのか、二人はあっという間に打ち解けてしまっている。私はお姉ちゃんの一歩後ろから、健介お兄ちゃんの顔を見た。
また、会う事ができるなんて……。
今朝の一件で、彼らとの関係は完全に絶たれた気がしていたのに、その日の内にひょっこりと顔を出してくれるお兄ちゃんが、とても滑稽で……嬉しかった。
涙が込み上げてくる。恥ずかしく思ったけど、自然と出てくるものは仕方ない。でも、それは優しい彼をいたずらに心配させてしまった。
「お、おい……何泣いてんだよ。なんか朝まずいもんでも食ったのか?」
しゃがみ込んで私の身長に顔を合わせる彼。何故かいつもより大人しい犬のロックも、私の頬を舐めて慰めてくれる。そんな二人の気遣いが、優し過ぎて……私の心臓は朝と理由の異なる痛みに襲われていく……。
できれば、言いたくない。でも、言わないと不安でしょうがない。私は今朝の出来事を、彼に話す事に決めた。
「……そっか。親父さんに、会っちゃいけないって言われたのか……」
たどたどしい私の説明を聞き終えても、彼は少なくとも外見的には、落ち着いているように見えた。
「ま、無理もないわな。俺相当嫌われてたみたいだから」
「お兄ちゃん……全然悪くないのに……」
またべそをかきそうになる私の両肩に、お兄ちゃんの大きな手が載せられた。
「いいか、嬢ちゃん」
彼の大きな声は、今日は一段とはっきり耳の中に届いてくる。
「確かに状況は芳しく無いかもしれん。だが俺はどんな逆境にも負けない男だ」
「いよっ! 男だねっ!」
真純お姉ちゃんが、茶々を入れた。
「たとえ親父さんに嫌われても、朝嬢ちゃんに会えなくても、俺は絶対に諦めない」
「おうおう!」
「朝会えないんだったら、昼会えばいい! なんなら夜会ってもいい!」
「あったまイイ〜☆ んでもって最後はや〜らし〜☆」
お姉ちゃん……うるさいよ……。
「誓うぜ嬢ちゃん。俺は毎日、嬢ちゃんを迎えに行くからな!」
「うん!」
涙目を拭って、お兄ちゃんに抱きついた。私と健介お兄ちゃん、そしてロックとの関係が再び続く事になったのだ。込み上げる嬉しさは表現する術を見つけられず、私はただ顔を笑みで崩す他無かった。むしろそれが、この時の私にできる唯一のお礼だったのかもしれない。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「これって、白馬の王子様と、お姫さまみたいだね」
この頃の私の理想は実に単純で、昔絵本で読んだどこかの王国の魔法物語に、大好きな人と自分をそのまま投影してしまう。もちろんそれを冗談半分で言ったのだが、私よりも純粋なのか、健介お兄ちゃんの顔は見ていて笑ってしまうくらい、ものの見事に赤らんでしまった。
「そ、そうか? いや、そういうつもりで言った訳じゃ……いや、そうなっちまうのか? いや、参ったなこりゃ……」
照れまくっているお兄ちゃんの後ろで様子を傍観していた黒制服の友人が、ここではじめて声を上げた。同情と言うか、哀れみの声を…。
「そうか……分かった。お前ロ○コンだったのか…」
「誰がロリ○ンだゴラァ!!」
「いや、どこをどう見ても○リコンだね」
「だから俺はロリコ○じゃねえって!!」
連呼される四文字。その言葉の意味が分からない私をよそに、お姉ちゃんは地面に頭を打ち付けんばかりに笑い転げている。おまけにロックがお兄ちゃんをばかにするようにタイミングよく鳴いた。
「だああああああっ! みんなしてバカにしやがってぇ〜〜〜!」
「馬鹿にしてないよ。真純は、愛さえあれば年齢差は関係ないと思います☆ 年の差万歳☆」
「違う! 確かに俺は彼女居ねえけど……でも違うんだよ。だからああ言ったわけじゃなくて!」
「あぅ…怒らないでよぉ、ケンスケお兄ちゃん…」
「俺は……俺はロリータ・コンプレックスじゃなぁぁぁぁぁぁい!!」
4文字の屈辱とはそんなにも大きいのか……。私たちのフォローは意味もなく、お兄ちゃんは狼狽して大声でわめきまくっている。
そんなお兄ちゃんを静めたのは、騒ぎのきっかけを作った彼の友人が、次に発した一言だった。