どんどん、酷くなってくる……。
雨の話だ。屋敷を出てからぽつぽつと降り始めた雨は、今や完全な土砂降りになっていた。
生暖かい大量の雨水が、あたしの体を痛いくらいに叩いて、あっという間に服の中に侵入してくる。
気持ち悪い……。濡れた下着が肌にべったりと張り付いて、動くたびに、得体の知れない何かに全身をまさぐられているような感じがする。
あたしは先を急いだ。早くしないと……早く帰らないと……あいつに、恐ろしい目に遭わされてしまう。だが夜の暗闇の中、視界は暗く、さらに地面から跳ね返る水しぶきのせいで数メートル先さえ見通せない。
……ううん、違う。どうせ時間通りに帰ったって、待っている運命は同じなんだ。
待っているのは……絶対の……恐怖……。
こうして走っている状態が、ずっと永遠に続けばと思った。だが、あたしは酷くなる一方の雨の嵐をかいくぐって、ついに辿り着いてしまった。
「……ぁ」
古びた2階建ての我が家……。視界に覆い被さる土砂降りのカーテンを通り越して、家の窓から明かりが漏れているのが分かる。玄関の前まで来ても、あたしは次の一歩をなかなか踏み出せずにいた。
もう少しで、ドアが……。濡れたポケットをまさぐり、鍵を取り出し、ドアノブの中心の鍵穴に差し込んだ。がちり……音がして、縛めから解き放たれたドアは、あたしが入ってくるのをじっと待っている。
あたしは儀式的に音を立てないようにノブを捻って……開けた。
ドアを閉めると、外の嵐は嘘のように鳴りやんだ。荒れ狂う風と雨音の声も届かず、ここでは冷たい静寂が我が家を満たしている。その静けさが……恐かった。
玄関の電球の明かりを頼りに、あたしはずぶぬれの靴と靴下を脱いで、廊下を歩きだした。
雨水はあたしのズボンはおろか、その中まで完全に濡らしていた。歩くたびに、内側でグジュッと……水と布と、肌が擦れ合う音がする。イヤだ……気持ち悪い……。
廊下に水が滴るのもかまわず、あたしは先を急いだ。
あいつは、今自分の部屋に居る……。『こういう日』は、いつもそうと決まっていた。例外なんて無かった。いつもあたしがあいつの部屋のドアを開けて……。こちらから、わざわざ恐怖の対象を訪ねて行かなければならなかった。
そして……ドアの前……。
確かに、今あいつが居る。もう気配を悟れるのは当たり前になっていた。これからあたしは……。
まず、ノックをしなければならない。二回、間隔を空けずに……。あいつがドアを開けて……あたしは部屋に吸い込まれる……そして……。
待った!
突如、脳裏にある思考が横切る。そうだ、シャワーを浴びてからにしよう。この気持ち悪いずぶ濡れを全部洗い流して、体を綺麗にしてからにしよう。きれいさっぱりにしてから……。
できるだけ時間稼ぎをする為の口実かもしれない。それでも、結局は同じ運命なんだから、この際どうでも良かった。
回れ左をして、こっそりとドアから離れていく。一歩、二歩……三……。
……キィィィー………
ドアの……開く音が……。