「ユーイチお兄さま☆ この写真に写ってる女の人、誰ですか?」
いつの間に見つけたのか、彼女は机の上の写真立てを指さしていた。
きっと、真純お姉ちゃんは何も理解していないのだろう。彼女はただ、写真の中にいる女性への好奇心を満たそうとしているに過ぎない。だがその無知な詮索は、私たちの知らない世界で彼女を愛したユーイチお兄ちゃんの心情を、逆撫ですることに他ならない。
現に彼女の言葉は、ユーイチお兄ちゃんをドアの前で時が止まったかのように凍り付かせていた。
「お兄さま?」
やっと異変に気づいた彼女だが、もはやフォローのしようもない。私と彼女は、ただ固唾を呑んでお兄ちゃんの次の反応を待っていた。
どれくらい時間が経ったろうか。ようやく、お兄ちゃんはゆっくりとこちらを振り向いた。
「そんなに、誰もが気になるのか。絵理の事を……」
古沢 絵理。
ユーイチお兄ちゃんと幼なじみだった少女。
すっかり大人しくなった私たち二人の前で、お兄ちゃんは彼女の事について教えてくれた。
とても可愛らしく、いつも笑顔を絶やさない、誰からも好かれるような子だったという。
ほんの一年前からつき合いだしたが、初めて一緒にデートに行った時、交通事故に遭ってしまったのだ。そして彼女は亡くなり、彼自身も大けがをした。
「誰だって、思い出したくない記憶がある。ただ、それでも完全に忘れたくはないんだ。きっと、お前達もそのうち分かる」
「うん、分かるよ。お兄さま。私も、そういう思い出……沢山あるから……」
「ハハ……そんな歳でか? 早すぎると思うがね」
「いつも、家でそうだから……」
いつの間にか、お兄ちゃんと真純お姉ちゃんだけの会話が続いていた。
私は二人の会話について行けなかった。理解できなかったのだ。
その頃の理解力だけでなく、そういった辛い経験を未だしていなかった事が原因だったなんて、当時の私に分かるはずもなかった。
「親父が……」
そう言いかけて続きを飲み込んだお姉ちゃんに、私はそれまでのわだかまりが急速に溶けていくのを感じた。
もしかしたら、真純お姉ちゃんは、私と一緒なのだろうか。
私も、忘れたい記憶を持っているのだろうか。
何?
なんか……変。
私は……どうしたというの?