お兄ちゃんの部屋で、することと言えばさほど多くはない。
健介お兄ちゃんと違って一緒に何かして遊んでくれるということもないし、やる事といえばティコと遊んでいるか、物珍しそうに辺りを見渡す位なのだが、この部屋の雰囲気というのは何処か現実離れしていて飽きという物を感じさせない。もっとも、現実離れしているのはこのお屋敷全体に言えることだが。
「なんであんな人が天使なんて作れるのかな」
お気に入りの小さなソファーにティコを抱いて座る。自分の家の次くらいに落ち着ける場所になってしまった。お兄ちゃんはしばらくの間をおいて、その疑問に答えた。
「人は見かけによらないと言うだろう。ああいう人種は、頭の中で常にあらゆる表現の手段を考えているのさ。自分の内に潜む真実の、表現手段をね」
「どういうこと?」
「まだ君には分からないよ。言ってみただけさ。本当にそこまで芸術家というものがピュアかどうかは、私にも分からん。案外、単なる野心家かもしれんな」
お兄ちゃんと一緒にいると、度々こういった難解な意味を捉えることに挑戦しなければならなくなる。しかし5歳の少女にそんな抽象的な意味合いが分かるはずもなく、大抵は子供の想像力で色付けをした独自の解釈へとたどり着く。何処かちぐはぐな意味の中で泳ぎ回る私は結局迷子になり、しぶしぶ現実の世界に戻ることを選択するしかない。
膝元にいるティコの顔を見ると、彼の瞳は飼い主のそれと同じくらい深い青色をしていた。彼は今の話が理解できただろうか……。
仕方なく私は別の興味の対象を探すことになった。
ユーイチお兄ちゃんの机の上にある写真立てには、昨日と同じように彼と一人の少女が写っていた。
昨日感じた妙な感覚は、一体なんだったんだろう。
話題に上げたかったが、写真の中の少女がすでに亡き人になっている以上、子供の私でも口に出すことはためらわれた。とにかく本人が大事に机の上に置いているのだから、よほど大切な人だという事には違いない。
しばらくの間沈黙が部屋を包み、落ち着かなくなった私がどうにか話題を見つけようとさらに思考を巡らせていると、ひざの上に居たティコが鳴いた。ドアに向かって。
「ティコどうしたの? 向こうに人いるの?」
ユーイチお兄ちゃんが、私に代わってドアを開けた。
その向こうには……。