玄関のドアを開けてやってきたお父さんは、私たちの方を見て驚いたようだった。
「君は確か、羽崎さんの……」
健介お兄ちゃんの時と違って、お父さんは嫌そうな顔はしなかった。どちらかといえば、驚きと、相手の意図を掴みきれずにいる戸惑い、いずれにしても、お父さんとしてはとても珍しい反応だった。
「はい、息子の羽崎祐一です。いつもお世話になっております」
ユーイチお兄ちゃんは深々と頭を下げて、礼をした。とても礼儀正しいけど、でもどこか情がこもっていないような印象を、幼い私は何故か敏感に感じ取っていた。
「いえこちらこそ。それにしても一体、どういったご用件で?」
「ええ。実は少しの間、美月ちゃんを貸していただきたいんですよ」
突拍子のない発言に、お父さんも私も驚いた。
当のお兄ちゃんは、至って落ち着いている。笑っているわけでもないが、むすっとしてるわけでもない。だが自信のこもった表情をかすかに浮かべている。
「一体、何を言って……」
「お願いしますよ」
状況が分からずにようやく返したお父さんの返事を、ユーイチお兄ちゃんがかき消した。
至って控えめだが、何故か聞こえた後も耳から離れない、そんな声だった。
しばらく、3人の間に静寂が流れる。
「分かりました。美月、行って来なさい」
驚くべき言葉が、お父さんの口から出てきた。
訳が……分からない。
私を連れて屋敷へ向かうお兄ちゃんに、あの時どうしてお父さんが承諾したのか、その疑問を尋ねたら、ユーイチお兄ちゃんはこう答えた。
「君のお父さんは、とても賢明な人だよ」……と。