P.E.T.S[AS]

第5話「温泉旅行」

「い……たい……」

何処だろう……ここ……。
うっすらと重たい目を開けると、辺り一面が真っ暗闇だった。
もやもやした黒い霧に囲まれ、私は倒れた状態のままで呆然と周りをうかがった。

瓦礫の山だった。鉄やガラス、木材の残骸の中に埋もれて、私は状況を飲み込めずにぼうっとしていた。鈍い痛みが全身にしみこみ、肺が空気を拒絶しているかのような息苦しさを感じる。だが現世的な苦痛を直接感じることはない。夢の中で苦しんだつもりになっているような、そんな感じだった。
へんなの……なんで私こんなトコにいるんだろ。またあの夢の中だろうか。

「痛……い……」

また、声が聞こえた。わずかだが、鈍い痛みを感じるのは私も同じだ。でも、今の声は私が出したんじゃない。別の……女の子の声だった。声のする方へ振り向こうと首を動かすが、何故かその声がどの方向から来ているのか分からなかった。

「誰か……」

ああ……助けを呼んでいるんだ。まだかすかにぼやけていた視界が完全にはっきりすると、瓦礫の所々が真っ赤な炎にくるまれていた。そこから吹き出る煙が、上昇するにつれて周りを覆う闇と同化する。そんな惨状を目撃しながらも、私の意識はどこか宙ぶらりんだった。緊張感の無い、危うく眠りこけてしまいそうな意識を叱りながら、私は見知らぬ声が求める救援を呼ぶために声を上げようとした。が、口の筋肉に力が入らない。一体どうしたというのだろう……。

鈍い倦怠感と痛みは、むしろ今の私にとっては心地よさに通ずる物があった。体中全てのエネルギーを出し尽くしてしまったかのように、体全体が脱力し、気を付けなければ意識が体から抜け出てしまいそうになる。そして先程から耳に届く少女の苦痛の叫び。いや、それは耳からではなく、私の脳に直接響いていた。私の意識に直接訴えてくる。

タ……ス……ケ……テ……

その声は、もはやかすれて脳内のノイズの中に消えそうな位だった。だがどんなに哀願されても、悲しくも私にはどうする事も出来ない。それ以前にこれがもし夢だったら、別に大丈夫じゃないか。夢が覚めれば、だれも死んだ事にはならないのだ。
ごめんね。助けるの、無理だよ……。
何処かにいるであろう少女に詫びながら、眠気にも似た重たい目を閉じようとする。

なんだろ……。
完全に視界が閉じる前に、周りを覆う闇が、少しだけ歪んだ様な気がした。
私の眼前に映る闇のベールに、ゆらゆらと波紋が広がり、それは瓦礫を燃やしている赤い炎に照らされた光を妖しく反射している。
そして波打つ闇の一部が盛り上がり、やがて独立した黒い影となってそれは私の目の前の地面に足をつけた。影は一体だけではなく、その後に続いて何体も同じ影が姿を現した。

暗いから影に見えるのだろうか。人の姿をしているそれらは、私たちの救助に駆けつけてくれた人たちなんだと思った。だが、彼らがどんどん私に近づき、そのうちの一人が私の顔をのぞき込んだ時、その認識は間違っていた事に気づいた。
彼らは、まだ『影』のままだったのだ。

彼らの体は側で燃えさかる炎の光さえも吸収し、宇宙に横たわるブラックホールのような完全な闇と化していた。そして彼らの顔らしき部分から、2つの赤い光が……。赤い赤い光が、私を捉えた。視界が血の色で塗りつぶされ、やがて何も見えなくなった。頭に強い衝撃を感じ、次の瞬間、私の体は頭から引っ張られて闇の中で宙づりになる。

悪魔……。
真純先生が以前そのようなモノについて何か話していた事を、私は遠のく意識の中でぼんやりと思い出していた。


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