広間に戻ると、真純先生がカラオケセットの前で熱唱していた。
真純「ここで〜ぇ〜負けた〜らぁ〜♪ 女がぁ〜すたぁるぅ〜♪」
夕食が終わってからはカラオケをしようという事になったのだが、私やロックが今時の歌を数回歌ったのに対し、真純先生のお気に入りは意外にも演歌だった。
近くではかすみちゃんが、先生の目の前に用意された座布団にちんまりと正座していた。可哀想に、私たちが席を外していた間に、格好のオーディエンスにされてしまったらしい。
真純「ここでいっぱぁつぅ〜♪ 女王サーブ炸裂!!」
しかも途中で歌詞を変えてたりする。顔色を見ると、しっかり酔っぱらってかなりの上機嫌だ。マイクを40分前に握って以来、この様子を見ると恐らく一度も手放していないのだろう。
かすみ「あ、ティコさん、ロックさん。お帰りなさい」
かすみちゃんがチャンスとばかりに座布団から立ち上がって、笑顔で出迎えてくれた。
「ただいま。先生、まだ歌ってたのかい?」
かすみ「そうなんです。でもとっても上手で感激しました。
……さすがに今は飽きて来ちゃいましたけど」
苦笑混じりに小さな声で話す彼女に、さっきのロックの言葉が頭をちらついたが、それよりも確認しなければならない事があった。
「姉さんは、まだ帰ってないのかな」
それを聞くと、かすみちゃんは心配そうな顔つきで頷いた。
真純「そういえば、美月遅いわね」
あんなに熱唱していて何故私の言葉が聞こえたのか……。真純先生は突然歌うのを止めて真面目な顔に戻り、マイクを置いた。
ロック「もうかれこれ……1時間半になるんじゃねえの?」
30分くらいで戻ると言っていた3倍の時間がすでに過ぎている事になる。時計を見ると8時過ぎ。そろそろ冷えてくる時間だ。ご主人様、あまり厚着をしていかなかったから……。
かすみ「でも、何かあったら……連絡があるんじゃ……。美月さん、携帯持ってましたし……」
だが、先生はその希望的観測を否定した。
真純「それは無理よ。あの携帯まだ試験サービスだから……ここら辺はまだ圏外なのよ」
不安と心配が渦を巻いてどんどん大きくなってゆく。
「先生、ちょっと姉さんを探しに行ってきます」
ロック「俺も!」
そう言うなり慌てて出ていこうとした私たちを引き留めて、先生はベルトのポーチから何か取り出した。
真純「私の携帯、持って行きなさい。何かあったら、この部屋に連絡入れること。車で迎えにいくわ」
「助かります。でもお酒入ってて、大丈夫ですか?」
水飲んで酔い醒ましとく、そう言って先生は笑いながら私たちの背中を見送った。